【遂に廃車】スーパービュー踊り子号で活躍!251系RE-3編成長野へ配給

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1990年から伊豆方面の看板特急として君臨し続けてきた251系“スーパービュー踊り子号”。

2020年3月のダイヤ改正でその使命を終えた後も4編成が各地で留置が続いていました。

本日22日、このうち検査期限が最も近く、唯一所属基地である大宮総合車両センター東大宮センターから離れなかったRE-3編成が長野総合車両センターへ配給輸送されています。

EF64形の牽引で長野へ

使命を終えた車両は留置されたのち、解体する拠点への輸送日翌日付けで除籍となることが一般的です。

JR東日本管内では、かつては役目を終えた車両の解体は大宮で行っていたものの、鉄道博物館建設に合わせた用地整理の一環で現在は管内各地の総合車両センターに移管しています。

都心部を走る車両たちのほとんどの“墓場”となる場所は長野総合車両センターですが、このほか東北エリア使用車両の車両解体は郡山、少数の解体は秋田・青森などでも実績があります。

車両解体は再利用出来る部品(車齢が若い車両は多くが再利用されます)を外したのち、アスベスト含有世代はアスベスト処理、その後重機によって解体されて大半を占める金属類はリサイクルされます。

再利用出来る部品の活用を目的としてあえて異なる車両基地で解体する例も少数あり、有名な車両では14系客車のジョイフルトレイン“ゆとり”中間車・オロ14 705が、寝台特急北陸号の車両の定期検査を行う秋田で解体された例などがあります(それ以外は解体設備の充実した長野へ輸送)。

251系は中央線の狭小トンネルを走行することに対応していないため、干渉するパンタグラフを撤去・機関車の牽引による輸送となりました。

余談ですが、251系の車体サイズが大きいことや、配給輸送に備えた連結訓練(電気指令式ブレーキの互換チェックなど)が交直流機で中央線に入れないEF81形で行われていたことなどから、郡山・秋田への輸送を推測するファンの方が多かった印象です。

連結訓練自体はダイヤ改正前の動きでしたので、本当に郡山での解体を想定していた可能性もありますが、従来から首都圏所属車両の解体はほとんどが長野なこと・郡山では気動車の解体予定があることなどを踏まえると、妥当なところでしょうか。

先述の部品取りについても、251系の上回りはほとんどが特注品で再利用出来るものは電装品程度です。

走行機器類が再利用するとすれば211系ですので、やはり長野が妥当と言えそうです。

“最期”に中央線初入線

251系は運用線区である東海道線・伊東線・伊豆急行線のイメージが強いですが、デビュー後には上越線・吾妻線・宇都宮線・総武線・内房線など、いずれも少数ながら首都圏近郊を幅広く走行した経歴を有しています。

引退ツアーや団体臨時列車などもなく運転終了となってしまいましたが、最後の最後で本来は対応していない中央線を走ることとなりました。

デビューから一貫して新宿駅を発着し、ダイヤ上新宿駅北側であずさ号と並走する機会も多かった251系ですが、183・189系時代からE351系・E257系・E353系と使用車両の入れ替わりを見てきた中央線の景色を初めて見ることとなりました。

中央東線で主に活躍する211系6両固定編成は、東海道線時代に同じ田町電車区〜田町車両センターに新製配置。東海道線の僚友として共に活躍してきた車両です。

それぞれ転用・転属が行われた最近は運用線区の違いから営業エリアが被っておらず、バラバラの道を歩んだ両車の久々の再会となっています。

残存する3編成も順次解体か

記事公開日現在は、RE-1編成が川越車両センター・RE-2編成とRE-4編成が国府津車両センターに疎開留置されています。

既にこれらの編成も客席ヘッドカバーが外されるなど、あとは所属基地に戻った後に配給輸送を待つのみの状態です。

検査期限に余裕がある編成もありますので、最後にイベント列車などにも期待したいところですが、社会状勢を考えると難しいでしょうか。

疎開場所変更・返却回送などの動きが発生する可能性がありますので、今後も引き続き見守っていきたいところです。

251系RE-3編成 配給輸送の様子

一部の画像はフォロワーのあるふぉ様撮影のものを許可を頂き掲載しております。

中央線らしい風景を背に行く姿は新鮮です。
画像:あるふぉ様(‪@_4080M_)
去りゆく姿が寂しげです。
画像:あるふぉ様(‪@_4080M_)
あずさ60号と離合。
お互い単線区間を持つ特急列車でした。
篠ノ井線では対向遅れで遅発
スーパービューもよく発生した単線の遅延。
異郷の地でも巻き込まれました。

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