【“ロクヨンゼロ”消滅か】EF64 37・1052号機が高崎から秋田へ配給輸送

スポンサーリンク

高崎車両センターには数多くの形式の機関車が配置されていましたが、昨今の機関車牽引列車淘汰の動きに関連して少しずつ数を減らしています。

2021年11月8日から9日にかけて、EF64 37号機・1052号機が高崎車両センター高崎支所から秋田総合車両センターへの配給輸送が実施されています。これまでの状況から廃車とみられます。

筆者の拙い記録を添えつつ、生い立ちと近況を振り返ります。

栄光の「あけぼの」牽引〜東の“ロクヨンゼロ”

長年中央本線を共にした201系とEF64形

EF64形0番台は国鉄時代に79機が製造され、このうちJR東日本は6機を継承しました。

36〜39号機は高崎・41,42号機が長野に配置され、中央線方面を中心とした活躍を続けていました。

山梨での出張運転を終え、EL+DL+SL+PCという珍編成で返却回送

このうち37号機と41号機はぶどう色2号に塗装され、旧型客車を使用したイベント列車にも抜擢されていました。

2000年代にかけてジョイフルトレインが相次いで引退すると活躍の場も少なくなり、特に長野ではジョイフルトレイン“浪漫”の引退を契機に41,42号機ともに退役しています。

壊滅的な写真で恐縮ですが、EF64 36号機がくまげらを牽引して新金線を走る……という珍しい列車も。

残された4機は引き続き中央線を中心として運用されていましたが、レール輸送・バラスト輸送といった工事列車、SL関連の回送牽引など、“ネタ鉄”以外からは脚光を浴びる機会の少ない状態が続きました。

“mue train”配給輸送。改造当初は7両編成でした。

近年でこそ双頭連結器装備の機関車の出番となる配給輸送ですが、2000年代にはブレーキ読み替えなどの都合でゆうマニ(マニ50 2186・現在は東急電鉄に譲渡)を使用した配給列車も時々0番台牽引で運転されていました。

特にファンから注目された列車は、多目的試験車“mue train”の出場配給に“茶釜”の37号機が充てられたものでしょうか。

“茶釜”時代の37号機

中央本線・篠ノ井線・長野エリアのレール輸送・砕石(バラスト)輸送は比較的高頻度で運転されており、EF64形0番台の活躍は貨物に継承された僚友が去った後も時折見かけることができました。

1年間だけの花形仕業

JR東日本の“ゼロ”を語る上で外せないのは、2009年3月改正〜2010年3月改正の1年間限定で登板した、寝台特急「あけぼの」の牽引です。

それまで「あけぼの」はEF81形が全区間の牽引を担当していましたが、この2009年改正から定時性確保を目的に、牽引機を長岡で交換・長岡以南の上越国境登坂区間を山岳機のEF64形で越える体制となりました。

運用増加分を補うため、37,38号機が長岡車両センターに転属し、1000番台とともに上越国境を駆け抜けていました。

この活躍は寝台特急「北陸」の廃止とともに見納めとなりましたが、国鉄時代に短期間充当されたのみの定期寝台列車への登板は多くのファンの心に響くものとなりました。

あけぼの撤退後も廃車配給などで稀に24系を牽引

ダイヤ改正後は再び高崎に戻ってきたものの、2014年の「あけぼの」廃止と前後して36,38,39号機は余剰となった車齢の若い1000番台に使命を託し退役。このタイミングで運良く残存できた37号機は茶釜であることが理由となっていそうですが、気づけば全国で最後の0番台というステータスが全国から注目されるようになってきました。

原色復元でますます人気の37号機。

2018年末から2019年初めに行われた全般検査では、原色に加え窓の支持ゴムも白色(いわゆる白Hゴム)に復元。

しばらくは高崎エリアと上越国境周辺の事業用列車の牽引に留まっていましたが、2019年の「カシオペア信州」を牽引予定だった1053号機が故障。急遽37号機が充てられたことで原色復元後初の中央線入りを果たしました。

その後は中央線の運用にも頻繁に使用され、2021年2月には長年続けられてきた甲府常駐も廃止となり、以後は高崎支所で余生を送ることとなりました。

地味な機関車から茶色塗装、寝台特急牽引、そして最後の“ゼロ”として、歳を重ねるごとにファンから絶大な人気を集める機関車となりました。所属こそ数回変わっているものの、半世紀もの長きに渡る活躍のほとんどを新製配置された甲府をベースとした中央東線で使命を全う出来た点も特筆されます。

最近は鉄道博物館や高崎支所で、そして今後は秋田総合車両センターでの展示も予定されるなど、幸運な機関車であったことは言うまでもありません。

初代「あずさ」の時代を知る37号機と、5代目の「あずさ」

長年布陣を変えず活躍〜“ロクヨンセン”

1000番台は国鉄末期に製造された車齢から、民営化後もしばらくは全機が運用されていました。

53機製造されたうち、JR東日本には1001号機が高崎運転所(現:高崎車両センター高崎支所)1029〜1032,1051〜1053号機の7機が長岡運転区(現:長岡車両センター)に継承されています。

1001号機は当時のジョイフルトレイン“くつろぎ”や旧型客車・SL列車関連に合わせたぶどう色2号+白帯の塗装でイベント列車を中心に活躍し、それ以外の7機が寝台特急「北陸」「出羽」「鳥海」牽引を中心に活躍されていました。

「北陸」牽引時代の1052号機

1990年代に「出羽」と「鳥海」が廃止されたのちも7機配置が続けられていましたが、2003年に踏切事故に遭った1029号機が修繕されたものの不具合が続き退役。

以後はしばらく6機体制となり、1030,1031号機は電車牽引のための双頭連結器やブレーキ読み替え装置を搭載して新造車両・廃車車両の配給輸送を担うようになりました。後年に1032号機にも同様の改造が行われています。

連結器改造後も本業はブルトレ牽引でした。

2009年には先述の通り0番台を招き入れて「あけぼの」の運用が加わりましたが、翌2010年に「北陸」が廃止されたため運用数は元通りとなりました。

「あけぼの」牽引時代の1052号機

2014年には「あけぼの」も定期運用を終了し、臨時運行も終了となる翌2015年に6機のうち1052,1053号機が長岡車両センターから高崎車両センターへ転属、先述のように0番台の置き換えが進められました。

転属当初は原色塗装とされていましたが、1001号機がくつろぎ色から原色白Hゴムに復元。代わりに1052号機がこの塗色を継承しました。

晩年は置き換えた0番台の代わりに甲府常駐を担い、中央線方面の工事列車やカシオペアの牽引も担当していました。

このくつろぎ色の好みは割れるところでしたが、同じ経緯で転属してきた1053号機との差別化が行われたことでファンを楽しませてくれました。

晩年は中央線で過ごすことが多かった37号機と1052号機。

今回の1052号機が廃車とされた場合、残されるのは双頭連結器を装備する1030〜1032号機と、1001号機,1051号機,1053号機の合計6機となります。

関東〜上越エリアでは貨物所有機も見られなくなっており、今後は運用の少ない非双頭機を中心により注目される存在となりそうです。

“後任”E493系事業用電車に使命を託す

JR東日本では、かねてより輸送効率が悪く特殊な取り扱いの多い機関車牽引列車の削減・淘汰を進めることが計画されており、これまでにレール輸送用のキヤE195系を110両投入。暫定的に残されていた仙台エリアのロングレール輸送を含め、全運用が気動車化されました。

更に、2021年にGV-E197系電気式気動車・E493系電車を相次いで落成させており、残された機関車の活躍の場であった砕石(バラスト)輸送や電車などの牽引を行うための試験が続けられています。

今回秋田へ輸送された37号機・1052号機ともに、2021年5月に実施されたE493系の登坂性能確認目的とみられる試運転で「死重」として無動力で連結されました。

後継車両の試験のために供される姿、どこか寂しげに感じたのは筆者だけではないかと思います。

今回配給輸送されたEF64 37号機・1052号機は2021年のレール輸送気動車化以降は持て余し気味の状況から、復活は絶望的です。他社譲渡もほぼ期待できません。

高崎車両センター高崎支所の機関車はもちろん、工事列車・配給列車の淘汰が完了すれば、JR東日本管内から機関車牽引列車が姿を消すこととなります。既に田端運転所の廃止(尾久車両センターとの統合)も労組資料に記述されているように、Xデーは目前となりました。

特に双頭連結器装備でない機関車は運用の場自体が極めて少なくなっており、今後も労組資料で示されている2024年度を待たずに廃車が進行するものと考えられます。

最後の晴れ舞台であるカシオペア牽引や群馬エリアの客車牽引は既に大量のファンで賑わっているようですが、平和な最後となることを祈って止みません。

関連記事

コメント