【廃車か】E217系置き換えスタート〜Y-44編成長野へ配給

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2020年12月21日に新型E235系1000番台がデビューし、早くも疎開の動きが始まっていた横須賀線・総武線快速電車のE217系。

このうち、E235系に差し替えられる格好で真っ先に運用離脱をしていたY-44編成が鎌倉車両センター(大船)から長野総合車両センターへ向けて配給輸送されています。

ほぼ専用形式!E217系の生い立ち

E217系は、横須賀線・総武線快速向けの113系代替用として、新系列電車・209系の設計を基に開発された形式です。

当時は長大トンネルを通過するために必須だった貫通扉を設け、当時の流行だったヘッドライトをセンターに寄せたデザインが印象的な車両です。

近郊型の電車としては初の4扉・大半がロングシートという車両設計も画期的な車両でした。

このE217系は11両51編成と4両46編成の合計745両が製造され、登場以来同線区と乗り入れ先の総武本線・外房線・内房線・成田線など千葉エリアを幅広く走行してきました。

意外な点では、車椅子対応トイレの開発が増備途上で実施されたため、久里浜方先頭車の組み替えにより編成番号と先頭車番号が合致していません。先輩の211系・後輩のE231系がグリーン車組み込みで中間付随車の大規模な組み替えを実施している点に比べると、あまり目立たない変化でご存知ない方も多そうです。

このほか、せっかくの貫通扉は後年のトンネル通過基準の見直しにより、7次車よりダミーの“開かずの扉”となっています。外観はなるべく維持されて製造が続けられており、意識して見ないと気付きにくいところです。

新製時は幕張・大船への分散配置となっており、幕張電車区所属編成はR編成、大船電車区所属編成はF編成を名乗っていました。2006年には鎌倉車両センターへの集中配置となっています。

E217系の生い立ちを語る上で欠かせないエピソードとしては、2001年12月1日の湘南新宿ライン運行開始が挙げられます。

運行当初は山手貨物線の池袋駅南側に平面交差が、北側には単線区間があったために運行本数が限られており、一部の列車は新宿駅以南で折り返す体制が組まれていました。現在の相鉄線直通に近い形態です。

これらの新宿駅折り返し運用にはE217系と215系が使用されており、新宿以北からの直通便でやってくる115系・211系1000,3000番台・E231系のモノクラス編成とともに湘南新宿ラインとしての活躍を行っていました。

その後、2004年10月16日には“池袋駅問題”も解消したことで、湘南新宿ラインの大幅な増発と現在の直通主体の運転体系となり、これにあわせてE231系への形式統一が実施されたことで湘南新宿ラインから撤退しています。

湘南新宿ラインが横須賀線内列車の一部代替の色合いもあり、運用数が減少して余剰となったE217系は10+5両編成に組み替えられて東海道線へ3ペアが転出しています。東海道線では113系がE231系への置き換え途上で最後の活躍を続けており、E217系にとっては2回目の113系代替となりました。

こちらは国府津車両センターに配置されて鎌倉車両センター同様に頭文字“F”のF-01〜F-03・F-51〜F-53編成を名乗り(付属編成はF-101〜だったため、番号は+50)、JR東海管内や伊東線、当時残っていた御殿場線直通を外した専用運用に充てられました。

その後は所要数に応じて転属が繰り返され、まずは2008年度にはE217系自身が機器更新時期に差し掛かり、工事を行う4年間の予備車確保のためにF-02+F-52編成が鎌倉へ帰還。

2010年度には武蔵小杉駅開業に関連した運用数増加のためにF-01+F-51編成も鎌倉へ。それぞれE233系3000番台の製造で東海道線運用は補いましたが、2012年度にはF-02+F-52編成が再度国府津へ転属しています。

機器更新後も湘南色を纏い東海道線での活躍が続きましたが、上野東京ラインの開業を背景に2015年には残されていた編成も鎌倉に戻りました。

東海道線転出が先・幕張車両センター編成転入が後となったため、全745両が集中配置となったのは意外にも2015年が初めてです。

横須賀線・総武線向けの車両ながら、東海道線・高崎線・宇都宮線の輸送体系の変化に密接に関わっている点が興味深いところほか、この転属劇の間に行先表示器のLED化・機器更新と形態を複数回変えたことも魅力的です。

E235系投入と疎開の動き

一連の転属も終えて目立つ動きは収まっていましたが、遂に老朽化により置き換えが始まるE217系。後継となるE235系1000番台は2020年春から相次いで落成していますが、この新型車は各地での訓練とともに疎開する動きが続いていました。

置き換え直前になってもE217系の予備車削減による疎開などは実施されませんでしたが、2020年12月21日のE235系1000番台営業運転開始以降、E235系の田町・国府津・幕張への疎開編成を鎌倉車両センターへ返却・代わりにE217系をそれまでの疎開先へ回送する動きが進んでいます。

今回配給輸送の対象となったのは、E235系に入れ替わる形で12月21日の01S(1)運用に充てられていたY-44編成です。そのまま鎌倉車両センターから出ることはなく、2020年内にドア広告などの撤去が目撃されており、状況から運用離脱と考えられていました。

2021年1月5日深夜から6日朝にかけて、長岡車両センター所属のEF64 1032号機のエスコートにより、鎌倉車両センターから長野総合車両センターまで配給輸送(機関車牽引による、いわゆる廃車回送)が実施されています。順当に考えれば、E217系初の廃車となる見通しです。

E217系では、一時的な東海道線への転出こそあったものの全車両が現役となっており、1両の廃車も発生していませんでした。

置き換えと検査が同時進行?離脱順序予測は難儀

今回の輸送と並行する形で、1月4日には基本11両のY-21編成・5日には付属のY-111編成が相次いで保全のため東京総合車両センターへ回送されています。今後も同時に廃車と検査が並行する格好になりそうです。

これは、E235系の導入は2023年度までの実施されるものの、走行距離が伸びやすい同線区では検査切れが導入ペースを少し上回るのか、一部編成はもう一度だけ保全を施工して運用させるものと推測できます。

更に、今回は入場編成より廃車編成の方が車齢の若いというミスマッチな状態ですが、同じ“検査切れ”でも点検項目の数での選定が考えられるところです。E217系は209系以降の車両で採用されている「新保全体系」によりメンテナンスを行っています。

現在のE217系については、2020年内までに特に検査項目の多い「車体保全」を2回施工済の編成が初期〜中期車の大半と後期車の一部……という状態で、この車体保全を未施工で済ませることが出来る一部の後期車が真っ先に廃車とされる対象に選ばれたことと考えられます

重要部検査対象編成を残して全般検査対象編成を検査切れのタイミングで除籍する……という動き自体は他社を含めてよく見られる展開です。自動車で喩えれば、1年点検の車をもう1年使って、車検時期の車を先に買い換えるといったところです。

その他の運用離脱・疎開編成についても車齢が若い編成が多く、こればかりはタイミングが悪かった……といった事象ですので仕方ない点でしょうか。

綺麗な外観のE217系を見かけるチャンスが残っているのは嬉しい反面、保全メニューの都合か車歴の浅い8次車・Y-44編成が先に引退する点は残念に感じる方も多そうです。

同様の状態のY-43,Y-45,Y47〜Y51編成などが短命に終わりそうな一方で、次回検査が指定保全となっている編成についてもE235系の導入ペースが追いついている分は検査切れタイミングで引退となりそうですので、ある程度は法則性はありつつも離脱順序の予想は困難を極めそうです。

疎開=廃車ではないことはY-111編成の事例からも明らかですので、今後も注意深く見守りたいところです

噂されていた海外譲渡は実現せず?

さて、E217系の去就を巡っては、インドネシアへの譲渡を噂する声がジャカルタの現地ファンを中心にありました(過去記事)。

在来車へ拡幅車体の同系を模した接触試験とみられる試運転が目撃されており、E217系の導入が検討されていたとみて差し支えがない状態でした。

一方で、インドネシアの日本製中古車両導入にあたっては、ここ数年は自国生産車両のみとする政府指針なども漏れ伝えられており、2020年の205系武蔵野線車両導入が最後となるという見方も有力です。

今回のE217系の目的地が205系の発送が行われた蘇我・新津ではなく内陸の長野総合車両センターであることから、少なくともY-44編成が海外へ譲渡される可能性は編成短縮を除けば考えにくいでしょうか。

海外譲渡を巡って導入先の社会情勢によって左右される例はこれまでも複数ありました。譲渡先と噂されている国こそ違えど、秋田港などに佇むブルートレイン客車が有名です。インドネシア政府の方針が変われば部分導入、もしくは2020年代後半に実施されるであろうE231系近郊タイプ・常磐線快速電車の直接代替辺りでの再開なども考えられるところですので、今後に期待でしょうか。

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コメント

  1. ななし より:

    Y-50編成はモニタリング装置が搭載されているから3月までにE235系にモニタリング装置が搭載されている編成が登場しない限り後の方まで残留すると思われる。