鉄道車両の新造や廃車などの際に、機関車などが牽引する体系の「配給輸送」や「甲種輸送」と呼ばれる列車が運転されていることはご存知の方も多いかと思います。
両者の性質は大きく異なり、これらの用語が誤用されているような事例も見かけますが、掘り下げて考えると意外なことも見えてきます。
「甲種輸送」と「配給輸送」
「甲種輸送」は「甲種鉄道車両輸送」の略称で、鉄道車両・保線機械などを貨物列車として輸送する方法です。甲種は車両自体の台車を使用するか、輸送用の仮台車を車両に取り付けた「特殊貨物」としています。
甲種があるなら乙種もあり、この乙種は貨車に積載して輸送する列車とされており、過去に路面電車などで実績がありましたが、現在では運行される機会が無くなって久しいものとなっています。
概念としては車両自体を特殊な構造の私有貨車のような車輪がある貨物に見立てる扱いで、JR貨物職員による特殊貨物検査を受けて運行する体制です。
このため、旅客営業車両として“入籍”していない状態の車両の輸送や、入線実績がない会社経由での輸送、車籍を有することがない特殊な車両や保線機械などで長らく実績があります。
一方の「配給輸送」は、旧来の意味では自社線内での社用品を運搬する列車の呼称で、かつては配給車と呼ばれた事業用客車や電車が存在しました。2021年までJR西日本に在籍していたクル・クモル145形電車が一番知られた存在でしょうか。
この社用品の定義は広く、このうちの1つとして鉄道車両自体も挙げられ、運転台がない中間車や客車、性能や保安装置の都合で自力での運転が難しい車両を事業用電車・機関車などで牽引する列車が「配給列車」とされる事例が多くなっています。
他社車両の配給列車・貨物会社の配給列車
配給列車を自社の社用品輸送と定義すると例外となるものとして有名な事例が、過去に実施された小田急4000形の配給輸送です。
これはJR東日本 大宮総合車両センターがホームドア対応改造を受託したため、JR東日本所属の機関車によるJR東日本の事業用列車として運転されたものですが、これも小田急4000形を営業列車として使用している実績があるために新たな許認可が不要だったことが背景と考えられます。
機関車が牽引しているからこそ不思議に思えますが、他社所有車両でも所定の手続きや試験を行えば自社線を走行出来ることは相互直通運転でよく見られる事例です。
東武100系“スペーシア”が八王子駅や那須塩原駅に乗り入れたり、リゾート21が千葉駅や高尾駅に乗り入れたりすることも可能なように、JR東日本自体が乗り入れ車両として入線確認等を済ませている車両だからこそ実現した輸送体系でした。
反対に、どんなに外見から内部までほぼE231系であっても、同一形式ではない相鉄10000系については長野総合車両センターでの機器更新にこれが適用できないため、甲種輸送で入出場しています。
同様の経緯は、北陸新幹線開業直前に発車したトワイライトエクスプレス最終下り編成の返却について、第三セクターに移管後の各社を最初で最後の通過となるため甲種輸送とした事例も挙げられます。
また、JR東日本線内完結の元209系訓練機械の出場・機器更新が甲種輸送とされた一方で、事業用でも車籍がある“mue train”は配給輸送とされた事例も存在します。
当然ながら自社の事業用列車として運んだ方が安いながら、法令や諸規則の都合で不可能な場合は甲種輸送とされている……と考えられます。
このほか、配給列車の定義はあくまで自社内の事業用列車であるため、JR貨物にも自社の配給列車が存在します。関東圏だと川崎貨物で検査を受けた貨車の試運転に相当する配6795レ〜配6794レ・関西圏だと同様の理由で運転される配6867レ〜配6868レ〜配6866レが有名でしょうか。
後者はかつて愛知〜広島間の配給車代用として緑色に塗装された有蓋貨車(ワム280000)・無蓋貨車(トラ45000)が連結されており、配給列車の本来の用途に相応しい事業所間の社用品輸送が行われていました。現在はDF200形のエンジン等の部品を事業用コンテナに積載し、苗穂〜愛知間で一般の貨物列車によって輸送しています。
旅客機牽引なのに甲種輸送?
現代ではJR貨物の機関車牽引=甲種輸送、旅客会社の機関車牽引=配給輸送と定義してもほぼ正解ですが、過去には旅客会社の機関車が牽引した甲種輸送といった事例も数多く存在します。
これも様々な経緯で存在しており、かなり複雑な印象です。
・機関車の需給の関係でJR貨物に貸し出された旅客機が牽引した場合
西武2000系の東急車輛製造からの輸送・東京メトロ5000系の海外譲渡輸送
日常的に機関車の相互貸し借りがあった民営化直後 など
・JR貨物が通常の貨物輸送を含めて旅客会社に運行を委託している区間
つくばエクスプレス甲種輸送のうち常磐線内(現在は受託解消済) など
・JR貨物が営業免許を有しないために列車運行を旅客会社が行う区間
南海電鉄の新製車両輸送(紀勢線 和歌山〜和歌山市間・現在もJR西日本が運行) など
このうち①と同様の理由でJR貨物が借入した機関車をJR貨物の配給列車に充当すれば、旅客機が牽引するJR貨物の配給列車となります。
このほか、JR貨物の新製機関車・新製貨車であっても、荷主が車両メーカーとなる区間であればあくまで甲種輸送です。
配給輸送を排した会社も
基本的な国鉄ルーツの定義は上記の通りですが、国鉄ルーツのJR各社でも異なる呼称をしている事業者が存在します。
JR北海道では、機関車牽引の自社で運転される事業用列車は「試運転」とされる事例が一般的です。
日常的に運転される苗穂工場の入出場列車のほか、最近では1月10日に運転されたオホーツク4号の車両故障のために運転された救援回送列車も試運転扱いです。
JR九州では、機関車牽引の自社で運転される事業用列車は「回送」とされる事例が一般的です。
日常的に運転される小倉工場発着の機関車牽引の入出場列車のほか、最近では415系の廃車回送が回送扱いとされています。
非営業の列車の総称を「広義の回送列車」と捉えるならば、配給列車や試運転列車も回送列車の1つと言っても差し支えはなさそうです。
最近では「試運転」の種別表示を廃した車両(JR西日本の一部など)・表示がありながら使用しない場合が散見される事業者(東京都交通局や小田急電鉄など)・逆に「救援」表示まで用意している事業者(阪急電鉄・南海電鉄)などまちまちであることを考えれば、事業者によって非営業列車の定義が異なっていることも特別おかしいとは言い切れません。
一般に誤用だが……「甲種回送」と呼ぶ事例も
「甲種輸送」は定義としては貨物列車の1つで、回送列車の類ではないことは間違いありません。そのため、一般的に「甲種回送」は誤用と言われています。
特にファン層の間では2000年代までは商業紙などでも「甲種回送」といった記述は珍しくありませんでしたが、徐々に「甲種輸送」の呼称が正しい表記であるとされるようになりました。少なくとも、JR線内を貨物列車として走っているこれらの列車を目撃・撮影した場合は、「甲種輸送」と呼称することが適当です。
しかし、事業者によっては社内で「甲種回送」の呼称を使用している事例も挙げられます。
有名な事例では、総合車両製作所(J-TREC)横浜事業所から京急逗子線 神武寺付近までの牽引を行う入換車“デハ7252”が挙げられます。
この車両は、東急から上田交通に譲渡され、上田交通から東急車輛製造に再譲渡。東急車輛製造がJR東日本傘下の総合車両製作所となって以後も活躍する、数奇な運命を持つ東急電車です。
この車両は前面方向幕部分に「甲種回送」の文字が掲げられています。
このほか、最近の事例では伊豆急行の広報担当者が「甲種回送」と記した事例が挙げられます。
このほか、同じ静岡県では天竜浜名湖鉄道のツイートでも甲種回送の文字が確認できます。
2つ目の天竜浜名湖鉄道のツイートはジョークで、YouTubeで実際の輸送を撮影した動画は「甲種輸送」と記載されるなど、同社内でどちらを一般的に使用しているのかは定かではありません。
鉄道事業者の広報部門は非現業職と言われるホワイトカラーの職種ですが、もちろん運輸職場出身の職員も多くいらっしゃいます。両社のように鉄道事業の割合が大きく他業種が多くはない法人であれば、鉄道の現場出身の方が本社にいらっしゃる比率も高くなりがちです。
当然ながら会社の公式発表として記す広報職はなるべく正しい表記……とすることからこれ以上の探りは難しいですが、少なくともこれらの会社にとっては社内では使用される機会がある用語であることは間違いありません。
公には使用していない事業者でも、「甲種回送」と内部で呼称、甲種輸送から仮設ブレーキ・連結器を営業列車用に変える作業を「回送復旧」と呼称している事業者・職員などを含めれば、それなりの数になりそうです。
なぜこれらの事業者でそう呼称しているかは推測の域を出ませんが、旅客輸送事業者の一部や現場の中では「広義の回送列車」の1つとして扱われていると考えることが出来そうです。
JR貨物にとっては貨物列車ですが、旅客事業者とその職員にとっては車両を遠方へ「回送している」列車の意図を考えれば、これも間違っているとは言い切れません。
先述の伊豆急行の事例のように、自社線内はJR貨物の機関車を使用せず、自走または他車による牽引としている事業者も多く存在します。この区間については自社の業務用列車=「広義の回送列車」となっており、JR貨物等による輸送区間の総称として「甲種回送」と呼称していることも考えられます。
そもそも荷主となる事業者にとっては、そこまで正確な用語が重視されないだけ……かもしれません。
ファンの方が正しい用語を追求している?
北海道や九州で「配給輸送」が使用されなくなった背景や、一部民鉄で「甲種回送」と呼称されている経緯こそ各社まちまちの経緯がありそうですが、今後も事業者による呼称・ファンの間での呼称ともに変化していくかもしれません。
内部資料やそれを真似したファンが使用しがちな「廃車に伴う配給輸送」についても端的に表すなら、「廃車配給」より一般的に使われる「廃車回送」の方が伝わりやすいように思えます。
特に情報を得やすくなった昨今では、ファンの方が定義や正確性を求める傾向がある印象も受けます。好きなことだからこそ知識や研究を深めることは趣味活動として有意ですが、ネット上の一部で見られるライト層の“誤用”を見下す行為は好ましいものとは言えません。
特に最近の鉄道事業者の流れとしては、団塊世代の退職で顔ぶれが入れ替わる・時勢でジョブローテーションが活発化するなどの時代背景からか、鉄道事業者に古くから伝わる専門用語の使用頻度を意図的に減らす傾向です。
本来の語源であった社用品の輸送どころか機関車牽引列車すらも無くなりそうな昨今では「配給輸送」という定義が無くなることは容易に考えられるほか、「甲種輸送」についても語源の対となっていた「乙種輸送」が事実上消滅した以上、既に一等車〜三等車由来の車両表記「イロハ」のように語源が残るだけの状態です。
鉄道用語・趣味用語の移り変わりも、国内鉄道150年の歴史のなかでの変化と考えれば、これも風流でしょうか。
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