2011年3月11日に東北地方を中心に甚大な被害を与えた東日本大震災では、福島第一原子力発電所の事故により福島県の沿岸部に大きな爪痕を残し、常磐線についても9年間に及ぶ不通区間が発生しました。
2020年3月に「復興の架け橋」として運転を再開した品川・上野〜仙台駅直通の特急ひたち号ですが、2021年2月の地震で再度脚光を浴びることとなります。
2012年に廃止されるはずだった「仙台ひたち」
東日本大震災が発生する前の常磐線では、都心から短距離向けの輸送をE653系を中心に運行する「フレッシュひたち号」が、茨城県北部やその先の福島県・更に一部は宮城県まで直通する651系の「スーパーひたち号」が運行されていました。
2012年より651系の老朽化と形式統一による運用効率向上を目的に新型のE657系に置き換える計画となっていましたが、これに合わせて常磐線では輸送体系を一新する計画となっていました。
この計画では、従来は651系が7両基本編成・4両付属編成、E653系も7両基本編成・4両付属編成が配置されて7両・11両・14両と柔軟な編成構成がされていたところを、全て10両固定編成のE657系16編成に代替することとされていました。
常磐線特急は都心部で普通列車グリーン車より安く移動出来る自由席の混雑が激しく、当時は反対する地元ユーザーも多かった印象です。
また、10両編成では輸送力過剰となるいわき駅以北についてはひたち号から分離され、E653系付属編成による新名称の特急が運行されることとされていました。この愛称を募集している最中に東日本大震災が発生したため、この新愛称が公にされることはありませんでした。
北部の復興が進まないなかで常磐線特急の代替が進行
常磐線の北部は復旧作業すら出来ないという深刻な状態となっていましたが、常磐線特急の世代交代は着実に進行しました。
2012年3月に予定通りE657系が一部列車で運行を開始し、2013年3月には予定通りE657系16編成による運転が開始されました。
しかし、僅か半年後の2013年10月より、E657系が改造工事を受けるために「フレッシュひたち」1往復が651系に代替されることとなりました。
「タキシードボディ」で常磐線沿線のファン・利用者に親しまれていた651系の復活劇は2015年3月の上野東京ライン開業前夜まで続けられました。
そして、2015年3月15日の上野東京ライン開業で常磐線特急は大半が品川駅始発となり、利便性が大きく向上しました。運転区間の増加にあわせて17編成体制とされています。
この際、「新しい着席サービス」として全席が指定席となり、愛称も速達タイプの「ひたち号」・近距離向けの「ときわ号」に変更されています。
この制度についても賛否は分かれるものですが、常磐線特急の通勤時間帯の混雑は自由席車両に偏っていたことを考えると、着席定員の効率的な運用とE657系の10両編成という輸送力は比較的マッチしていた印象です。
E657系では10号車のスカート(排障器)に将来の増結を考慮した切り欠きが設けられていますが、付属編成を作らずに運用出来たのは新しい着席サービスの最大の成果でしょう。
「復興の架け橋」10両での仙台直通をスタート
福島第一原子力発電所の事故で地元民の立ち入りに制約が続くなか、常磐線北部では津波対策での線路移設を含めた復旧工事が進められ、遂に2020年3月に営業列車の運転再開・常磐線全通に漕ぎ着けました。
この際、常磐線のいわき駅〜仙台駅に特急が運行されるのか否かが沿線利用者・ファンから注目されていました。
常磐線いわき駅〜仙台駅間の輸送に使用されるはずだったE653系の付属編成4本は、基本編成とともに新潟地区へ転用。2015年3月に延伸開業した北陸新幹線の上越妙高駅と新潟駅間を中心に運行される特急しらゆき号として再出発しています。
そして、JR東日本から明かされた運行体系は「E657系10両で仙台駅直通を3往復設定する」という大胆なものでした。
この会見の時点で輸送力過剰となることは折り込み済みで、都心から1本で直通することによる復興の加速化という熱い使命をE657系に託すこととなりました。
この仙台駅乗り入れのため、E657系はK18編成・K19編成の2本が増備されています。
10両編成で良かった……前代未聞の満席運行
2021年2月13日23:08ごろ、福島県沖を震源とする大きな地震が発生し、福島県・宮城県で震度6強を観測しています。
これにより翌14日より交通機関が不通となり、特に東北新幹線では東日本大震災で耐えてから強化が未施工だった架線柱に損傷が発生し、10日間前後の不通となることが判明しました。
まずは高速バス・航空各社への要請がされましたが、これとともにJR東日本では在来線の点検を進めつつ、在来線を活用した代替経路の確保を模索します。
まずは秋田から東京方面への代替路として、日本海側を走る羽越本線特急「いなほ号」で新潟を経由・新潟から上越新幹線で東京へ向かう経路が構築されました。いなほ号についても酒田駅以南で運行されている一部列車の秋田駅発着が実施されることとなりました。
仙台から東京方面への代替路としては、2020年3月に運転を再開したばかりの常磐線特急「ひたち」に白羽の矢が立ちました。
ひたち号のうち3往復が仙台駅発着で運行されていますが、15日から3列車・16日から2往復4列車を快速列車として仙台駅まで延長することとなります。
15日の運転計画が発表されたのは前日の22時54分。関係者の苦労は想像に難くありません。
ダイヤとしても定期列車の間合いを活用することで、車両運用数を増やさずに区間延長を実現しています。
そして迎えた15日。定期列車の1番列車となる下りのひたち3号・上りのひたち14号が新幹線不通で困っていた利用者を乗せて東京・仙台の都市間輸送に大きく貢献しました。
続いてひたち9号がいわき駅から臨時快速列車として仙台を目指し、駅では「臨時快速 仙台」・車両側は「快速 自由席 仙台」(グリーン車のみ指定席)の案内表示がされています。いわき駅以南では車両側はいわき駅行き・駅では仙台駅行きと案内にばらつきがありましたが、この列車の特殊性を考えればやむなしでしょう。
このまま東北新幹線が全通するまで利用者の脚として大きく貢献……となるはずが、強風の影響で午後は定期・臨時列車ともに一部運休となっており、長距離列車運行の難しさを感じさせられます。
かつて東北新幹線が開業するまで在来線特急が昼夜運行されていた常磐線。
悲願の全通から1年足らずでの大抜擢は関係者・利用者・ファンどの立場から見ても「予想外」でしょう。
過剰を承知で10両編成での運行とした当時のJR東日本の大英断が、思わぬ形で脚光を浴びることとなりました。
末筆ながら、被災した皆様にお見舞い申し上げるとともに、東北新幹線の復旧や臨時列車運行などに携わる関係各社の皆様に御礼申し上げます。
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