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SLと旧型客車の組み合わせを頻繁に運行しているほか、最近ではトーマス号・ジェームス号で親子連れの皆さんにも大人気の大井川鐵道。
名脇役の電気機関車たちも個性豊かなメンバーです。
生い立ちと現在の活躍状況をまとめてみました。
大井川で活躍する電気機関車は3形式
大井川鐵道で活躍する機関車は3形式あり、茶色い古風な機関車が2形式3両、最近運行を開始したばかりのクリームと赤の機関車が3両の6両体制です。
普段はSLの後部補機としての脇役ですが、季節臨時やイベント臨時などの途中駅発着列車では先頭を務めます。
さらに、一部の機関車は単独牽引にて団体臨時列車や、今年も運行予定のビール列車などにも充当されて話題を集めています。
昨年(2018年)には電車の故障が発生したため、朝の通勤通学列車を機関車+客車で代走運転して話題となったほか、執筆日現在では稼ぎ頭であるSLが不調なため、電気機関車+旧型客車での代走運転が行われています(〜7/5まで)。
技術力の高さでファンからの定評があり、保有数も多い大井川鐵道でSLの故障が発生するのも意外なところですが、蒸気機関車の維持運転の難しさを改めて感じさせます。
トーマス号仕様となっているC11 227号機以外ではC56 44号機だけが使用できる状態で、それ以外2機がメンテナンス中という余裕の少ないスケジュールでほぼ毎日運転していたのですから、それだけでも大井川鐵道は凄いですね。
旧型電気機関車+旧型客車を急行券なしで運行する大井川鐵道の大盤振る舞いっぷりもさすがといったところでしょうか。
大井川の看板電気機関車・E10形
E10形の生い立ち
E10形は1949年(昭和24年)に大井川鐵道が直流電化をするにあたり、貨物列車牽引を目的に自社発注した電気機関車です。
現在活躍しているE101,E102と、現在は解体されているE103が製造されました。
貨物列車廃止は1983年(昭和58年)に行われていますが、1976年(昭和51年)から運行を開始したSL急行の補機も担当しており、これが彼らが生え抜きで大井川鐵道に居ることとなるきっかけになりました。
残された2機は車齢70年=古希を迎えた2019年(令和元年)現在でも、E31型とともに活躍を続けています。
E10形 各機の近況
E101
現在も頻繁に活用されている主力機です。
E31型に比べて牽引能力が高いこともあり、頻繁に使用されています。
警笛は2014年の検査出場にてホイッスルに交換されており、ファンからの人気も熱い機関車です。
警笛の関係もあるのか、ファン向けのイベント列車の牽引も優先的に充てられている印象です。
E102
現在は大井川鐵道恒例の「検査切れ・入場待ち」となっています。
引退の噂も多くあるものの、大井川鐵道はE31型受け入れ当初から既存機を引退させる予定はないとしているほか、後述のいぶき501やE31型の運用制約の問題も解消されていませんので、いずれ検査を通す……というお決まりのパターンの可能性も高そうですので、今後に注目です。
相棒であるE101が検査切れになるのが2020年(令和2年)2月ですので、引き続き使用するかどうかはそれまでに検査出場するかどうかがポイントとなりそうです。
外観としては前面運転台窓にひさしが付いている点が特徴です。
このほか、警笛がE101と異なり、従来から電車のようなタイフォンとなっています。
少々不釣り合いですが、E101も検査入場にて交換されたばかりですので、今後の状況次第では交換される可能性もあります。
現在は解体;E103
製造元がE103だけ日立製作所(他は三菱重工)で、仕様が異なっており、他に比べて角ばったボディが特徴的でした。
1970年(昭和45年)に岳南鉄道に譲渡されたものの、SL列車が好調であったこと、岳南鉄道側は貨物輸送の減少で1984年(昭和59年)に大井川鐵道に帰ってきました。
その後はかつての同僚たちと同様にSL補機運用についていたものの、いぶき501,502に置き換えられる形で運用を離脱する計画となりました。
しかし、後述のように急遽いぶき501,502が三岐鉄道で中部国際空港建設の埋め立て土砂輸送を担うこととなったため、2003年まで延命の後に運用離脱となっています。
同僚たちが長生きし過ぎているので不運にも感じますが、それでも50年以上稼働していました。
複雑な生い立ち・いぶき500(ED500形)
大井川鐵道での形式名はED500形ですが、登場当初から現在まで車体表記がいぶき〜のままであり、ファンからもいぶき501と呼ばれることが多いので、当サイトではこちらで記載しています。
いぶき500の生い立ち
形式名の「いぶき」という名称のように、この機関車は伊吹山の麓で活躍していた機関車です。
大阪窯業セメント(現・住友大阪セメント)の専用線で活躍するために1956年(昭和31年)にいぶき501・502の2機が製造されました。
1999年の専用線廃止まで一貫して貨物輸送に従事したのち、大井川鐵道に譲渡、2000年(平成12年)から運用を開始しました。
しかし、導入直後に中部国際空港建設に伴う埋め立て土砂の輸送が三岐鉄道で行われることとなり、急遽同年に三岐鉄道に行くこととなりました。
この際、501号機は大井川鐵道からの貸し出し、502号機は三岐鉄道への譲渡となっており、これが彼らの命運を分けることとなりました。
いぶき500・各機の近況
いぶき501
2003年(平成15年)に大井川鐵道に返却された後は、E103を置き換える格好でSL補機としての活躍を再開しました。
E31でもATS整備の壁に当たっていますが、このいぶき501についても現在まで整備されていません。
活躍の幅を大きく狭めている原因ともなっていますが、旧来の車両に整備するのは費用的にも工事内容的にも難しいようです。
使い勝手の悪さから廃車説も多く耳にしますが、こちらも忘れた頃に検査出場することに期待です。
現在は解体;いぶき502
40年以上の長きに渡り共に活躍してきたいぶき502ですが、大井川鐵道に戻ることはありませんでした。
三岐鉄道西藤原駅で2015年(平成27年)まで静態保存されたのちに解体となっています。
西武鉄道の自社製造・小さくてかわいいE31形
E31形の生い立ち
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E31形は西武鉄道の自社製造機関車で、工事用臨時列車(レールやバラストの輸送)を運行するため1986年(昭和61年)~1987年(昭和62年)に製造され、池袋線ではプッシュプル・新宿線では重連運転で運行されたほかにも新車輸送なども担っていた機関車です。
従来は貨物輸送をするために大型のE851形電気機関車4機を保有していたものの、貨物輸送撤退で牽引能力が過剰となってしまう一方で、工事用列車を保線機械に置き換えてしまうと他の列車が走っている時間帯に走行出来ないデメリットがあるために、小型の機関車を製造するという選択に至ったようです。
この機関車の特徴的なところとしては、短い車体だけではなく、車体の裾が機関車にしては異様に低い点があります。
これは、台車については機関車用のものではなく、電車の廃車発生品DT20型を使用したことに起因します。
牽引能力をそこまで必要としないことから、電車と共通部品を使用することで保守の効率化を狙っています。
この台車の小ささが機関車としてはアンバランスなため、車体裾を黒色塗装とすることで外観のバランスを補っています。
そして、この廃車発生品の流用が経年で保守困難となって2010年に西武鉄道から引退しました。
工臨列車は保守作業機械に代替、新車などの牽引列車は新101系の全電動車編成を組成して代替しています。
大井川譲渡後は長い眠りに
引退後は廃車になると誰もが思っていたE31型電気機関車ですが、登場経緯が特殊なために非力で小ぶりな機関車を欲しいと手を挙げたのが大井川鐵道です。
既存の機関車E101,E102、いぶき501がかなりの車齢なので、運行頻度を下げたいという狙いがあり、トップナンバーのE31は西武鉄道に保管、残りのE32〜E34の3機が大井川鐵道まで陸送されました。
しかしながら、当時の大井川鐵道は高速バス規制でかなり苦しい経営状態。
既存の電車や客車の保守に追われていたため、大井川の凄腕な車両屋の皆様もそれどころではなかったようで、当面の間は放置……がなんと7年も過ぎました。
電化製品同様、長い年数使用していないと故障が発生しやすい電気機関車ですので、時折通電こそしていたようですが、ファンも忘れかけていた2017年(平成29年)、ついに1機目としてE34が復活しました。
その後、E33、E32の順で整備が行われて、現在の電気機関車6機体制が確立しました。
現在はSL後部補機のほか、季節ものの臨時列車の牽引や、団体臨時列車などにも積極的に活用されており、同じく西武鉄道出身電車を改造したお座敷客車編成とのコラボも実現しています。
西武鉄道時代は車庫公開の時くらいしか脚光を浴びなかった機関車ですが、譲渡先では大人から子供まで大人気の機関車です。
E31形各機の近況
執筆日現在は、3機ともに西武鉄道時代の塗色を維持しています。
西武鉄道のファンからの人気はもちろん、EF65形に似た形状で国鉄型電気機関車ファンからも人気となっており、趣味の方主催の団体臨時列車も多く運転されてきました。
特に、入籍前にはスノープラウがATS設置の支障となるために外していましたが、大井川の匠の手によって何とか再設置されたのは嬉しい点です。
一方で、やはり牽引力では既存の機関車に劣ることもあり、短編成牽引以外では、SLやELを繋いだ重連・プッシュプルなどでの活躍に留まっています。
E32
最初に整備されたE34が一番頻繁に使用されている印象ですが、これは諸般の事情により単独牽引運用を避けているようです。
しかしながら、E34との重連の先頭を務めた実績もあります。
そして、あまり本線運用がされていない故にピカピカな状態となっており、最初に登場して頻繁に運用されているE34とペアを組んだ際、屋根上を中心にかなり目立ちます。
E33
西武鉄道時代の末期に故障が相次いでいたため、同僚たちより一足先に除籍となってしまったのがE33です。
E32,E34が入籍前から入替運転などで使用されていたなか、このE33は下泉駅に長く留置されたままとなっていたため、大井川譲渡後も整備困難で部品取りになってしまうのではないかという見方もあったなかで、大井川鐵道の技術力で復活しました。
しかしながら、E32同様に単独牽引運用はされていないほか、登場当初を除くとほとんど使用されずに留置線の奥に置かれていることが多く、今後が少し心配な機関車です。
E34
大井川のE31形で最初に復活した機関車で、2017年(平成29年)に運行を開始しました。
E32やE33と異なって、単独牽引も積極的に充てられています。
看板列車にも多く充てられており、2019年の家山桜まつり臨時列車では初めて寝台特急さくら号風のヘッドマークを掲げて大きく話題になりました。
今後はE31形が様々なカラーに?
入線当初から公式Twitterで塗色のアンケートがあったほか、公式ホームページなどでも「当面は」西武鉄道時代の塗装にて活躍というニュアンスで記されていることから、導入時点から色々な塗色にして注目を集める計画だったものと推測できます。
3機の導入は過剰投資か、既存機関車の廃車狙いなのでは……という見方もありますが、今後の検査のタイミングで様々な塗装にすることを想定していたとしたら納得です。
当時のTwitterでのアンケートでも候補に上がり、現行塗色の次に人気だったEF65形の国鉄特急色をはじめ、EF81形塗装や西武E851形塗装など、様々なアイデアを既に持っているようですので今後に期待が集まります。
今後整備が進められていく12系・14系の牽引に最適なほか、先述の寝台特急さくら号風のヘッドマークで大きく話題となっただけに、EF65形塗装をはじめとした各塗装の実現の可能性は高いのではないでしょうか。
先行きが気になる12系・14系の今後とともに、看板のSL+旧客以外の車両たちにも目が離せません。
一方で、E32,E33がほとんど活用されていないほか、やはり牽引能力の不安といった懸念点も存在しますし、そもそも先頭での運転がほとんど出来ないE32,E33の現状だと塗装展開での話題作りも難しいでしょう。
走る博物館という要素が強い大井川鐵道の長所であり短所であり、維持出来る体力に見合っていないという批判の声も昔からあります。
その特異すぎる所有車両の数・経年から役所からの指摘もあるとの噂もありますので、今後も課題は多く出てくることでしょう。
しかし、大井川鐵道が手を上げなければ今では見ることも出来なかった車両たちばかりですので、今後も頑張って欲しいところです。
まずは我々鉄道ファンが出来ることである、乗ったりグッズを買ったりで収益に貢献することや、魅力を発信していくことなどを積極的に行っていくことが大事でしょう。
沿線自治体である島田市・川根本町へのふるさと納税もおすすめです。
趣味人向けの団体臨時列車も多く運転されていますので、旧客を牽く力強い釣りかけ駆動の機関車列車を肌で感じてみてはいかがでしょうか。
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