JR東日本は2月22日、陸羽西線の新庄〜余目駅間について、高規格道路建設のための長期運休・バス代行とすることを発表しました。
この区間は以前からミニ新幹線構想があった一方で、今回のダイヤ改正でも更なる減便が発表済となっているなど利用者数が非常に厳しい状態で推移しています。
地方の鉄道衰退を象徴?厳しい発表
陸羽西線は山形県内の新庄駅と余目駅を結ぶ鉄道路線で、「奥の細道最上川ライン」の愛称の通り最上川沿いに建設された43.0kmの地方交通線です。陸羽西線定期列車9往復のうち5往復が余目駅から羽越本線に乗り入れて、庄内平野の主要駅である酒田駅を始終着とするダイヤ構成とされています。
また、時刻表上は陸羽東線(小牛田駅〜新庄駅)とは運転体系が分離していることとなっていますが、新庄駅で別列車として陸羽西線・東線を行き来する列車も存在します。歴史的にも繋がりが強く、現在も車両は小牛田車両センター所属です。
2022年3月のダイヤ改正では、1日1往復運転されている快速「最上川」のうち新庄行き・普通列車の酒田行きの1往復(過去記事)が酒田駅始終着から余目駅始終着に変更される計画です。
陸羽西線は以前から利用者数が少ない状態が続いており、平均通過人員は300人台(2019年度まで)と極めて厳しい状態です。
2022年2月22日の発表では、5月14日から約2年間、陸羽西線全線を運休するとしています(外部PDF)。
陸羽西線と並行する国道47号線では、バイパス道路「新庄酒田道路」の整備が進められています。このうち「高屋道路」3.4kmのうち2.9kmを占める「猪ノ鼻トンネル」(仮称:高屋トンネル)は、JR東日本 陸羽西線の「第2高屋トンネル」との交差部があり、掘削工事期間の列車運行の安全対策が課題となっていました。当初は列車運行を継続しながらの工事が計画されていましたが、発表の通りに改められました。
なお、トンネル同士が3mの間隔で交差している構造自体は特別珍しいものではなく、山岳トンネルであれば上越新幹線「塩沢トンネル」と北越急行ほくほく線「赤倉トンネル」の交差部で89.5cm・都市部のトンネルを含めると東京メトロ副都心線建設時に都営新宿線と11cmの間隔しかないことも話題となりました。
適切な地質を選んで工事すること・勾配を最小限とした方が合理的であることなどを考えれば、近い場所が選定されることも不思議ではありません。
最近では他路線でも大規模工事のための長期運休の事例があり、筑豊電気鉄道の西黒崎電停が同様に道路工事のため2021年10月より4年程度の休止をしています。鉄道設備の改良のための事例では、南海電鉄の高師浜線が高架化工事のため2021年5月から3年程度の前面運休が始まったほか、山形新幹線のアプローチ線新設工事のため、2022年3月12日から福島〜庭坂駅間の日中一部列車のバス代行が始まる計画です。
これらと比較すると、工事の支障箇所が1ヶ所のみであることに対して全線運休・バス代行とされていることや、経緯が並行道路工事であること、元々陸羽西線が廃止されても不思議でない利用状況だったことなどから、今後を心配する声が上がっています。
尤も、運休期間中の工事内容には陸羽西線側のトンネルである「第2高屋トンネル」の補強工事を含んでいることから、なし崩し的な廃線には至らないと考えられます。
陸羽西線ミニ新幹線化構想
厳しい状態が続く陸羽西線ですが、以前には陸羽西線のミニ新幹線化構想がありました。
これは、新庄まで延伸した山形新幹線を更に延伸させて酒田駅まで乗り入れるもので、主に2000年から2010年代にかけて議論が交わされていました。
しかしながら陸羽西線ミニ新幹線構想は恩恵を受けるエリアが少なく、現在の山形県としては他県とともに誘致している羽越新幹線・奥羽新幹線が本命となっており、陸羽西線のミニ新幹線化構想は事実上断念されている状態です。
現在構想されている奥羽新幹線は、ミニ新幹線“山形新幹線”として運用されている福島〜米沢〜山形〜新庄間・在来線のままとなっている奥羽本線の新庄〜湯沢〜横手〜大曲間・“秋田新幹線”として運用されている大曲〜秋田間をフル規格の新幹線として整備して縦貫させる計画です。日本海沿いを通る富山〜新潟〜酒田〜秋田〜青森の「羽越新幹線」とともに、沿線6県が積極的に誘致を進めています。
一方で既存の山形新幹線を巡っては、ダイヤ構成上のボトルネックとなっている福島駅の1面1線しか使用出来ない構造を改めるべく上り線側のアプローチ線建設工事が進められるほか、大雨・豪雪の影響を受けやすく線形が悪い福島駅〜米沢駅間についても板谷峠を短絡するトンネル掘削も検討が進められています。
一見するとJR東日本は既存の福島〜山形〜新庄間について、今後もミニ新幹線の形態を維持する前提に見えます。しかし後者では、山形県側の要望によりフル規格新幹線サイズでトンネル掘削をした場合の支出増加額なども試算されるなど、必ずしも既存の体系に固執しているわけでもなさそうです。
昨今ではフル規格の新幹線が最も整備効果が高いという統計が各地で出ている一方で、西九州新幹線の佐賀県内の費用負担問題など、整備新幹線の枠組みの課題も指摘されています。
山形県をはじめとする各県が推す、フル規格の羽越新幹線・奥羽新幹線誘致が理想であることは想像に難くないところですが、現状として費用負担を中心とした課題も残ります。
既存の整備新幹線計画がひと段落することで新たな新幹線誘致が活発化していますが、四国4県とJR四国、四国に基盤を置く地元企業や商工会などが一丸となって本気度が高くなっています。一方で、既存の新幹線がある程度充実している羽越新幹線・奥羽新幹線構想は他の新幹線誘致とともに一歩出遅れている印象も否めません。
山形と庄内の“壁”
一般に、都道府県内の移動は比較的活発なイメージがありますが、ここ山形県の県内動向はやや特殊です。
県庁所在地の山形市の人口は25万人程度で、近隣の市町村とあわせて県内で最も人口が密集するエリアです。海沿いの鶴岡市は13万人弱,酒田市が11万人弱と、こちらも庄内平野全体で25万人程度とそれなりの規模となっています。
しかし、両者の間には鳥海山をはじめとする出羽山地が障壁となっており、歴史的に交流が少なくなっていました。
奥羽山脈と出羽山地に挟まれた米沢〜山形〜新庄〜湯沢〜横手〜大曲の南北の繋がり・日本海沿いの新潟〜村上〜鶴岡〜酒田〜由利本荘の南北の繋がりがそれぞれの地域の文化に根付いており、同じ県内ながら繋がりが希薄です。
鉄道趣味の知識でも、前者が奥羽本線・後者が羽越本線と“本線”扱いされているように、この南北軸が昔から重要なルートとされていたことが理解できます。このほか、道路網としても前者が国道13号線・後者が国道7号線と重要性の高いルートとされてきました。
“壁”があって現在も移動する人があまり多くない……という考え方も出来る反面、その障壁が無くすことで新たな需要を創出することが出来るかもしれません。
現実的に運用できるのか
鉄道路線の始発・終点駅となることは大きな知名度向上をもたらします。これは航空路線の新規就航・高速道路の新規開通とは異なる特徴です。
最近の北陸新幹線の敦賀・西九州新幹線の武雄温泉も開業前から認知を大きくしている通り、地域経済を潤す効果が期待されます。
しかしながら、対首都圏の所要時間で考えると現実性はかなり低い印象です。
東京駅から酒田駅までの所要時間は、上越新幹線〜いなほ号ルートで概ね4時間強となっており、上越新幹線の速達便との接続ではギリギリ3時間台となっています。
一方で、現在の山形新幹線は東京駅から新庄駅までを3時間半程度で結んでおり、既に検討がされている板谷峠改良工事と陸羽西線のミニ新幹線化工事で改良がされたとしても、所要時間は既存の新潟経由のルートと同等程度になるものと考えられるほか、鶴岡か酒田のいずれかは乗り換えが発生する格好となります。整備効果は限定的と言わざるをえません。
先述のように歴史的に庄内エリアは新潟県との行き来が盛んな地域となっており、仮に山形新幹線の酒田延伸が実現したとて既存の対新潟アクセスをどう維持していくかという課題も残ります。村上駅以北は利用者数が少なく、交直流セクション越えをディーゼルカーで担っている一方で、貨物輸送・既存の在来線の大規模災害時の迂回路として重要な使命を有しています。
対首都圏輸送・採算面では羽越新幹線,奥羽新幹線事業や羽越本線高速化事業などが有益とされており、現行のルート以上のメリットを見出せるとは考えにくい状態です。
現状としては対首都圏輸送としての整備効果はほとんどない状態で計画断念も妥当な状態となっていますが、強いて挙げるのであれば、奥羽新幹線では解消しない東北地方の東西軸としての整備効果が挙げられそうです。
羽越新幹線・奥羽新幹線が開業したとしても、依然として東北の太平洋側・日本海側の移動手段の課題が残ります。奥羽新幹線開業では大曲〜秋田間を新設線路・盛岡〜大曲間を従来の秋田新幹線が通る田沢湖線ルートの特急列車が残存する可能性がありますが、庄内エリア・山形エリアは引き続き対仙台のアクセスに課題が残ります。
まずは奥羽新幹線を開業させ、その後に仙山線と陸羽西線、または陸羽東線と陸羽西線をミニ新幹線化する格好であれば新たな需要が開拓出来そうです。
高速バスのシェアを取り戻すことで復活が期待出来そうですが、そもそもその頃まで陸羽西線が生き残れるのかすら怪しいと言わざるを得ず、八方塞がりな印象です。
やるなら今しかない絶好のチャンスだが……
一般的に2年間ものバス代行といった事例は滅多に発生するものではなく、改良工事を施すには絶好のチャンスであったことは想像に難くありません。
通常の鉄道の工事は列車の合間を縫って実施する必要があります。山形新幹線工事期間の奥羽本線改軌工事も一部日程・区間のバス代行こそあったものの、定期列車運行を行いながら実施された歴史を持ちます。
新庄延伸の工事は2年半程度の工期となっており、酒田市側が示していたトンネル拡幅工事が本当に不要なのかは不明ですが、これが事実であれば工事費用・期間はかなり圧縮されることが期待出来る状態でした。
観光目線では、最上川を沿って走る風光明媚な新幹線が開業すれば、新たな需要に結びつきそうです。既に引退が決まっているE3系「とれいゆ つばさ」のような、観光色の強い列車が出てくると更に盛り上がりそうです。
一方で、JR東日本や山形県が積極的ではない以上はそもそも議論の場すら設けられず、沿線市町村で立ち上げられた「陸羽西線高速化促進市町村連絡協議会」も2021年に解散した矢先での発表となりました。2年間もの長期運休が沿線自治体への根回しなしに発表されたとは考えにくく、これが頓挫した上で長期運休に理解が示されている以上、陸羽西線の未来は真っ暗な状態と言わざるをえません。
並行する道路工事のために運休し、完成後は道路網が更に便利になり鉄道利用がますます減少……といったシナリオが想像されます。ミニ新幹線化構想は将来的な陸羽西線の生死を決める存在とも言えますので、何らかの形で再燃することに期待したいところです。
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