2023年3月18日、神奈川東部方面線計画により建設が進められた東急電鉄・相模鉄道の「新横浜線」が開業しました。
見どころはたくさんあり語り切れませんが、開業前からファンの間では懸念されており、初日から注目ポイントとなっている「偏った車両運用」「ダイヤ乱れ対応能力」の2点についてみていきます。
東急の電車が大量に……
これまで見られなかった直通先の車両が運用入りしている姿を見て、相互直通運転開始を実感した方も多いかと思います。
事前に公表されていた時刻表からもある程度は想像が出来たものの、実際に開業してみると相鉄線内で見かける東急電鉄所属車両(以後:東急車)の多さに驚いたファンの声が多く聞かれました。
特に開業初日を含む土休日ダイヤでは、新横浜線系統以外にも相鉄横浜駅発着の列車の運用を多く受け持っているほか、星川駅や相模大塚駅の留置線群に東急車が複数留置されていたこともこの印象を強めています。
走行距離相殺が背景か
一般に相互直通運転では、「自社線内で運行する列車に使用するため他社車両を借りる」ための“使用料”を走行距離に応じてお支払いするところを、お互いに貸し借りを適正量に揃えることで“相殺”する体制が組まれます。
一般的な“相互”直通運転であればバランスの良い構成となりますが、今回の直通運転ではJR系の保安装置を採用している相鉄直通対応改造を実施した事業者が東急電鉄のみとなっており、一筋縄にはいきません。
目黒線方向の乗り入れ事情
埼玉高速車 | メトロ9000 | 都営6300 | 都営6500 | 目黒線3000,5080 | 目黒線3020 | 相鉄21000 | |
6両 | 6両 | 6両 | 8両 | 8両 | 8両 | 8両 | |
埼玉高速線 | ◎ | ◎ | △ | ▲ | ◎ | ◎ | ◎ |
南北線 | ◎ | ◎ | △ | ▲ | ◎ | ◎ | ◎ |
三田線 | × | × | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ |
目黒線 | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ |
東急 新横浜線 | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ |
相鉄線 | × | × | × | × | ◎ | ★ | ◎ |
目黒線方面については、東急車と相鉄車が全路線に対応(東急3020系のみ改造が間に合わず)となっている一方で、埼玉高速車・メトロ車・都営車は新横浜駅までが乗り入れ対応範囲となっています。
そのため、南北線・三田線から相鉄線へ直通する列車は東急車・相鉄車いずれかのみが使用可能となっています。
また、東横線系統と同様に従来からの制約として、都営車は南北線方面には行かず、埼玉高速・メトロ車は三田線方面には使用しない制約があります。
過去に都営6300形は埼玉高速鉄道 浦和美園車両基地までの入線実績がありますが、営業運転で使用された事例はありません。また、埼玉高速・メトロ車は三田線方面への入線実績がありません(先頭車車体長の違いから不可能または困難なことが推測されます)。
これらの結果、埼玉高速・東京メトロ・都営交通が相鉄車を“借りた”分を直接相殺することが出来ないため、埼玉高速・東京メトロ・都営交通は相鉄車を借りた分を余計に東急電鉄に“貸し”、東急電鉄は3事業者の分を余計に相鉄に“貸し”て相殺が図られているものとみられます。
東横線方面の乗り入れ事情
西武車 各種 | 東武車 各種 | メトロ10000 メトロ17000 | メトロ10000 メトロ17000 | 東急5050 | 東急5050 | 相鉄20000 | |
10両 | 10両 | 10両 | 8両 | 10両 | 8両 | 10両 | |
西武線 | ◎ | × | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | × |
東上線 | × | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | × |
有楽町線 | ◎ | ◎ | ◎ | × | ○ | × | ○ |
副都心線 | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ |
東横線 | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ |
東急 新横浜線 | △ | ○ | △ | ▲ | ◎ | △ | ◎ |
相鉄線 | × | × | × | × | ◎ | × | ◎ |
東横線系統では8両編成と10両編成が存在しますが、新横浜線には10両編成のみが使用されることとなっています。これは、TASC(定位置停止装置)用の車上子設置位置が東横線・目黒線系統で異なるため、8両編成用は目黒線規格で・10両編成用は東横線規格で設置されていることが背景です。
ただし、試運転で5050系8両編成が東急新横浜線へ入線した実績があること・ホームドア開口幅が東横線・目黒線と比較して大きく設定されていることから、理論上は可能な構成となっているものと推察できます。
開業前の試運転では東急東横線を走る10両編成は全形式一度は東急新横浜線へ入線しています。
特に日中時間帯に元住吉検車区留置があった東武車は日常的に試運転が実施されている一方で、東京メトロ車・西武車は各形式一度ずつと最小限の試験内容です。
相鉄線の保安装置に対応した他社車両は東急車(5050系4000番台)のみとなっており、東京メトロ・東武・西武車が相鉄線を走ることは現状不可能な状態です。
このほか従来からの制約として、東武車は西武線には行けず、西武車は和光市駅までは乗り入れ範囲であるものの東上線には行けません。
東武線〜東急新横浜線を直通する列車は全て相鉄線へ直通するダイヤとなっており、東武線発着の東急・相鉄新横浜線の列車は5050系4000番台のみが充当可能という極めて厳しい制約が生じています。相鉄20000系は和光市駅以南発着列車に限る限定的な運用です。
目黒線系統の事例と同様に東京メトロは相鉄車を“借りた”分の直接相殺が出来ないことから、東京メトロは東急電鉄に余計に“貸し”、東急電鉄はその分も余計に相鉄へ“貸し”て相殺する構成とみられます。
これらの走行距離相殺を全て東急電鉄がしつつ、海老名駅・湘南台駅の限定的な折り返し設備といずみ野線列車の入出庫の煩雑さ(二俣川で折り返して本線も回送する必要が生じる)を総合的に加味した結果、東横線所属・目黒線所属双方の相鉄横浜駅発着列車が設定されたものと考えることが出来ます。
このほか、5050系4000番台は新たに10両化する5編成中4編成に可変座席使用の着席サービス“Qシート”の組み込みをしています。車両運用を眺めてみると3運用分が夕夜間帯に渋谷駅〜元町・中華街駅間完結の急行運用とされており、事実上これらの列車が“Qシート”営業予定の列車とみて間違いなさそうな状態です。
これらの様々な制約が揃った結果、5050系4000番台は15編成体制となるものの東横線の看板列車であるFライナー・東横特急にはほとんど充当されず、これらの列車は他社車両での運行が中心となっています。
なかなか収束しない遅延
開業初日は早朝から軽微な遅延が発生し、それが時間を追うごとに増幅。そしてなかなか回復しない厳しい状態となってしまいました。
公式に発表された初日の主な遅延内容
・三田線 停止位置修正
・武蔵小杉駅 お客様対応
・東横線 混雑
・新横浜駅 ホームドア確認
その他の想像される複合要素
・東横線ワンマン運転開始の不慣れ
・新規乗り入れ車の取り扱い不慣れ
・指令/司令の経験値不足
・TASC調整が不十分
・先述の運用変更の制限の多さ
・主要駅の容量不足
これらの要素のうち、上3つは時間経過で改善・TASC調整はおいおい実施で改善が期待される一方で、下2つの要素は短期での改善が極めて困難です。
弱い設備と甘めな準備
新横浜駅での停車時間が長めに設定されている列車が多く余裕が潤沢にありそうな一方で、遅延がなかなか回復しませんでした。
開業初日の課題となっていた点としてファンからも多く指摘されているのは日吉駅でしょうか。
日吉駅で遅れの状況を見ていた多くのファンの皆様の目撃情報を総合すると、下記の通りです。
① 新横浜線→東横線の列車に遅れ・日吉駅4番線入線遅れ
② 新横浜線→目黒線の列車が追いついて遅れ
③ 日吉駅引上線の列車が日吉駅3番線の入線待ち
④ 日吉駅2番線の当駅止まりが引上線の入線待ち
⑤ 目黒線→新横浜線の列車が日吉駅2番線の入線待ち
⑥ 東横線→新横浜線の列車が追いつき、新横浜線の下り列車2本が遅れ
→ 下りの遅れを引き摺って上りも再び遅れ
→ 東横線横浜方面の列車にも遅れ
遅延の主因ではないものの、1列車の遅れを拡散している要因となっている印象です。
特に東京メトロ・東急電鉄の両社は都心部の地価が高いエリアを走行しており、抜本的な設備改良は極めて困難ですので、ダイヤの構成の見直し・遅延時のオペレーション見直しで改善することが期待されます。
新横浜線直通列車を区間運休とすることを利用者と直通先の相鉄のダイヤに影響することから避けるのであれば、目黒線からの直通列車の先行便(上記④の日吉駅止まり)を武蔵小杉駅で打ち切って元住吉検車区で折り返す……といった対処が考えられます。
この辺りは事前のシミュレーションはされているはずですが、現実には通りにうまく回せていないようですので、“場数”をこなすしかなさそうです。
今後も当面は遅延拡大が容易に想像される状態で、筆者も月曜日以降の平日ダイヤでは「2008年6月の副都心線開業直後並みのトラブルとなる」と悲観的な予想をしています。
2013年3月の副都心線・東横線直通では、当日まで繋がらないトンネルを迂回して車両を送り込み、半年近く直通先で車両を先行投入する体制が採られました。
また、2000年9月の三田線,南北線と目黒線の直通では、直通開始後のダイヤで未開業区間のみを回送扱いで運転する慣熟運転の日を2日間設けていました。
一方で、今回の直通運転では事前の試験・一般的な乗務員訓練こそこなしたものの、車両の先行投入などのより実践的な手段は採られませんでした。
東武線デジタル無線のトラブルを起因とする車両改造遅れ・そもそもの建設遅れ等の背景事情は色々ありそうですが、従来の直通運転に備えた準備と比較すると全社局で事前準備が甘めだったと言わざるをえません。
相鉄の遅延処理は結構お上手?
せっかく開業した新路線にケチをつけるような手厳しい内容を記してしまいましたが、意外と健闘していた相鉄側のダイヤ整理について見ていきます。
2019年11月29日まで他社線との直通運転を一切していなかった相模鉄道では、輸送障害時には全部止める・全部動かすといった単調なダイヤ整理をする事例がかつては多く見られました。
特に海老名駅・湘南台駅はともに1面2線となっており、ダイヤ構成・遅延時のネックとなっていました。
一方で、全国的にも特異となるJR東日本との直通運転開始直後は、JR線の遅れが相鉄線内へ波及する事例も多く生じて不安の声が上がりましたが、回数を重ねるごとに途中駅での打ち切り・発着順序変更などの複雑な処理をする機会が増えました。
幸いにも相鉄線は途中駅の設備が比較的充実している点が特徴的で、最近はこれらが積極的に活用されています。
今回も相鉄側では遅れの規模に応じて途中駅折り返し等の処理を実施しており、これはJR線直通で“鍛えられた”、限られた設備を最大限活用出来るようになった司令スキル向上として高く評価したいところです。
特に、西谷〜鶴ケ峰〜二俣川駅間の発着順序と接続変更・途中折り返しによる遅延縮小を柔軟にこなしている印象を受けました。
とはいえ、やはり利用者目線では西谷駅〜二俣川駅間の地下複々線化……JR側が乱れていた場合に備えた羽沢横浜国大駅の線増……といった抜本的な投資が望ましいところです。
一連の都心直通プロジェクトが実現しましたが、相鉄にとっては沿線発展・利用者確保のスタートラインに立った状態です。特に余地の大きいいずみ野線沿線の宅地開発が進み、想定以上の利用者数増加が実現した暁には、ぜひ大規模な設備改良の議論が出てくることに期待したいところです。
コメント
新学期からの混雑具合によっては車両やダイヤの見直しもありそうですね
休日なのに変則対応(東横線直通取り止め、新横浜駅で相鉄側は4番線折返し、東急側は1番線折返し、直通を上下とも中線で処理)したようで、明日が心配です。私が設計者だったら、新横浜駅を2面4線とするとともに、新横浜駅の両側に引き上げ線を2線ずつ作りたくなりますね。
相鉄東急のダイヤ乱れ対策は少なくとも以下のことはやっておいたほうがいいでしょう。
・メトロ南北線の車両が2023年度から8両化されるのと同時に、相鉄対応にさせる。
┗相鉄の防護無線はJRと基本的に同じで、JRとの乗り入れなら、東西線や千代田線が日常的に行っている実績がある上、メトロ南北線の車両は千代田線の綾瀬車庫で検査を行っているから、東急や都営と比べて相鉄対応のハードルは低いはず。
┗副都心線の10000系や17000系を相鉄に入れると有楽町線やエフライナなどに使える車両が足りなくなることから、副都心線の10000系や17000系は相鉄に対応させる余裕はないため、相鉄21000系が副都心線に乗り入れた分も南北線車両の相鉄乗り入れで相殺させる必要がある。
・緑園都市や鶴ヶ峰の2面3線化
┗海老名や湘南台が1面2線となっており、途中で引き上げ線があるのも、西谷や大和だけでり、横浜方面、JR、東横線、目黒線経由南北線、目黒線経由都営三田線を裁くのは無理がある。
┗鶴ヶ峰は地下化と同時に2面3線化、緑園都市は空いたスペースで2面3線化し、主に他線ダイヤ乱れをもろに受けやすいJR直通や東横線直通を折り返しするといい。
・都営三田線⇔東急目黒線直通は全て新横浜まで延長
┗日中や土休日の目黒線は1本の引き上げ線で南北線と都営三田線の折り返しを裁いているが、これも1本の遅れの影響を大きくする原因にもなる
┗日吉での遅延を抑制するには、相鉄に直通しない東急目黒線の折り返しについては
8両の割合が多い都営三田線は原則新横浜発着
6両の割合が多い東京メトロ南北線は原則日吉発着
に使い分けたほうがいい。
都営三田線↔東急目黒線直通列車を新横浜まで延長して日吉発着使い分け。南北線直通の発着を(急行を除く)日吉発着に使い分け、東横線直通湘南台行急行(相鉄線内特急)を平日 朝、夕限定に使い分けたほうが東急線内遅延の抑制ができる。