G20開催に伴い、3日間の時刻変更による日中走行で一躍話題となったM250系貨物電車、スーパーレールカーゴ=SRC。
その統一された編成美は、登場から年数も経過するなかでも特異な存在として多くのファンがいる列車です。
一見メリットしか見えないこの電車方式の貨物列車が他路線・他社専用貨物列車などに反映される動きはありません。
世界で唯一のこの貨物電車の弱点や、今後の可能性を考えます。
貨物電車登場の理由
鉄道貨物輸送の大きなデメリットの一つとして、拠点から目的地までをトラックに積み替えるための所要時間などが発生してしまうため、中距離の貨物輸送では速達性でトラック輸送に劣る点があります。
この課題自体は解消できないものの、従来より速達性が高い列車を運行することで積み替えの時間というデメリットを克服するべく開発されたのが世界初の「貨物電車です。」
M250系電車の特徴
列車種別【特貨電】という新名称が与えられ、最高速度130km/h、カーブの通過速度も本則+20km/hという従来の貨物列車の常識を覆す高速性能で 2004年(平成16年)3月に営業運転を開始しました。
表定速度は91㎞/hと東海道本線の東京~大阪間を走破した歴代の在来線列車で最速です。
(特貨電という種別は2013年改正で無くなって、現在は高速貨となっています。)
16両編成のうち、両端2両ずつのモーター車が12両の中間付随車を挟む構成となっており、モーター車には31ftコンテナを1つずつ、中間付随車は通常のコンテナ貨車同様2つ積載することが可能となっており、試運転以外では減車しての運転はありません。
また、JR西日本管内では規則都合により、コンテナ積載がない状態での本線走行が出来ません。
JR東日本管内の入出場や試運転に限られているほか、営業運転開始前の全線での試運転ではJR貨物所有コンテナを積載して行われました。
編成間は電車で多く見られる密着型連結器を使用することで、連結器の遊間(連結器同士で生まれる隙間)を無くしています。
従来の貨物列車が自動連結器を使用している大きな要因として、機関車牽引の貨物列車では連結器にかかる力が大きいために、繊細な構造で荷重に弱い柴田式密着連結器が不向きという点や、重量がある列車が動き出す場合は連結器に遊間があった方が有利という点がありました。
それでも密着型連結器が使用されたのも、積載コンテナに荷重対策が出来た=容積の割に重量が少ない小口輸送だから実現したと言えます。
また、最近の電車では一般的な電気指令式ブレーキを採用しています。
在来線鉄道車両の高速化には踏切事故対策として、緊急時には600m以内に停止できる性能が求められており、これが大きな課題となり、130km/hでの運行を実現するためには、このブレーキ性能の克服もありました。
そのため、外観は普通のコンテナ貨車であるM250系中間付随車とコキ107系などのコンテナ貨車では、連結器を変えたとしても混用することは出来ません。
M250系の「弱点」とは?
以上の経緯を踏まえると、メリットしか感じられない電車型の貨物列車。
しかしながら、求められた性能を発揮するための数々の工夫が仇となることもありました。
重いものが運べない!
先述の密着連結器の採用には荷重対策が出来たから……ということがありましたが、つまり重量の大きい列車で運用することは出来ないということです。
スーパーレールカーゴを運用する佐川急便は小口輸送が主ですので、一つ一つの荷物自体の重さはそこまでではありません。
しかし、他の多くの貨物列車のような工業製品などを輸送するとなると、容積あたりの重さが大きくなることも多いので、この荷重対策が更に必要になってきます。
その結果、この速達性に性能を全振りしてしまったM250系は、通常の貨物列車では使用できない設計となっています。
運用効率が悪い!
そもそも他の列車で使用できない車両ですので、日中は昼寝という運用形態です。
様々な用途で使用できる機関車+コンテナ貨車が大多数の中で、6時間ちょっと走行したらずっと昼寝という固定運用は使い勝手が良いとは言えません。
そして、このM250系は、16両編成が毎晩1往復が運用されていますが、使用される32両以外にも先頭車ユニットが東京方・大阪方の1組ずつと、中間付随車が2両3ユニットと合計10両の予備車が東京貨物ターミナルで出番を待っています。
中間車については2両単位で検査が出来るほか、コンテナ貨車のような比較的構造が簡単であるものの、モーター車がある先頭車ユニットについては機関車同様の大宮工場で検査をしています。
連結器の都合もあって、東京方・大阪方どちらかが検査を受けるだけでも4両が離脱してしまい、この間はそれ以外の先頭車ユニットを予備車なしで運用をせざるを得ない状況となります。
普段は余っている予備車たちですが、ひとたび定期検査に入ってしまうと代替が効かないという運行本数ですので、車両屋さんの苦労は計り知れません。
なお、特殊な設計・構造の割には車両故障の例はあまり聞かないものの、自走困難となって機関車牽引で救援となった事例も存在します。
故障の少なさは既存の旅客用電車技術を使用していたことが大きいかと思いますが、JR貨物の保守部門スタッフの腕の良さも感じます。
他路線・他社の専用貨物列車への展開がされなかった理由は?
遅延対策が大変
宅配便の翌日配送が当たり前となっている昨今、何時間もの遅延が発生してしまうと大打撃です。
トラックであれば高速道路が通行止めとなった場合、う回路を走行することで大規模な遅延は引き起こしません。
しかし、決められたレールを走る鉄道の特性上、輸送障害が発生するとその影響を直接受けてしまうデメリットがあります。
どんなに日本の鉄道は時間に正確……と言えど、大雨や強風での長時間の運転見合わせなどの大規模な輸送障害が発生して年に数回程度大幅な遅れをもって走行することも。
佐川側も、こうした事態に備えるために途中の貨物ターミナルからトラックに乗せ換える対応が出来る準備をしているようですが、実際には数時間の遅れがあってもそのまま運行しているケースばかりとなっています。
また、JR貨物側も大幅な遅延があると遅延損害金が発生するようで、遅延時には先行する貨物列車を追い越してでも最優先で走行させています。
それでも専用コンテナ列車は増加している
M250系の弱点がJR貨物側のデメリットとなっています。
しかし、他路線や佐川以外の専用コンテナ高速貨物に展開されなかった理由としては少々弱いですね。
そもそも、営利企業であるJR貨物が、佐川急便のためだけに専用形式・それも従来と異なる運用形態の「電車」に参入したと考えるのはあまりにも不自然です。
このスーパーレールカーゴの成功を基に、高速コンテナ貨物列車の電車化の可能性を模索していた可能性を考えるつもりだったことでしょう。
荷主側のデメリットとしては、開発段階から挙げられている鉄道貨物輸送の限界があります。
これは、Amazonや楽天市場などの小口需要が増加する一方で、小口輸送がサービス向上の為に取り組んできた当日・翌日配送といった「速さ」への対応がトラックに叶わないということです。
佐川急便側も運用開始前に様々なバックアップ体制を組んでこの列車の運用を開始していますが、その費用対効果を考えれば、急ぐ荷物はトラック輸送、急がない荷物は通常の貨物列車で十分という判断がされるのも当然でしょう。
TOYOTA LONGPASS EXPRESSで数年に一度行われてきた、需要の増減にあわせた積載数の調整についても、固定編成の電車方式では難しいですね。
以上のように、当初の開発構想を達成することは出来たものの、やはり根本的な問題が解消しなかった結果、電車方式での運行はありませんでした。
一方で、第一人者の佐川急便側はモーダルシフトの広告塔としてのメリットなども受けられたこともあり、現在も運行を続けているほか、貸切コンテナ貨物列車自体は増加の一方です。
今後の展開の可能性と、既存列車の今後は?
今回、専用ダイヤを敷いてまで運行を継続しているように、佐川急便によるこの列車の運行は両社にとって大きなものとなっています。
佐川急便はモーダルシフトに貢献している旨を走る宣伝塔に出来ています。
そして、この列車やそれに続いてトヨタが運行を始めたTOYOTA LONGPASS EXPRESS(トヨタ・ロングパス・エクスプレス)の専用高速貨物列車の成功もあってか、現在ではトヨタ~は2往復体制としたほか、ここ数年では福山通運・西濃通運の専用高速貨物列車も運行が始まっています (従来の機関車牽引方式) 。
大規模拠点~大規模拠点間の貸切となれば、専用編成を用意することのデメリットも少なからず解消されます。
そして、近年の深刻なトラックドライバー不足の問題は今後も続くものとみられます。
旅客会社から機関車牽引列車が削減されていくなかで、JR貨物での機関車牽引列車の電車化は進んでいません。
JR貨物では増備の計画はないものの、技術・性能的には文句がない車両である上、ここ数年は貸切貨物列車の運行本数も一気に増えてきたので、運用面や技術面の課題の解消・マイナーチェンジでの増備に期待をしていきたいですね。
現在運行されている貸切コンテナ貨物列車(参考)
始終着駅は各列車で設定が異なるので、下記では東側を基準に記しています。
佐川急便「スーパーレールカーゴ」
2004年(平成16年)3月~現在:東京貨物ターミナル⇔安治川口駅 1往復
トヨタ自動車「TOYOTA LONGPASS EXPRESS」
2006年(平成18年)11月~2007年:盛岡貨物ターミナル⇔名古屋南貨物駅 1往復
2007年(平成19年)10月~現在:同区間で2往復体制に
※2009年以降は一時期臨時化、その後は他社コンテナ混載や他列車併結の時期も有
福山通運「福山レールエクスプレス号」
2013年 (平成25年) 3月~現在:東京貨物ターミナル⇔吹田貨物ターミナル 1往復
2015年 (平成27年) 3月~現在: 東京貨物ターミナル⇔東福山 1往復
2017年 (平成29年) 5月~現在:名古屋貨物ターミナル⇔北九州貨物ターミナル 1往復
合計3往復/日
その他各列車へのコンテナ積載実績も多数
西濃通運「カンガルーライナーSS60」
2018年(平成30年)5月~現在:仙台港・郡山貨物ターミナル⇔吹田貨物ターミナル1往復
(20両中5両は一般利用)
その他各列車へのコンテナ積載実績は多数
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動画資料集
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参考文献
『IEEJ Journal vol125』アジアで話題の鉄道~M250系電車(スーパーレールカーゴ)の開発
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