長年に渡り、忠犬ハチ公像とともに渋谷駅の象徴的存在だった“青ガエル”こと東急5000系(初代)デハ5001号。
以前より渋谷駅から秋田県の大館へ輸送されることが明らかにされていましたが、昨今の社会情勢により輸送が延期されていました。
動向が注目されていましたが、2020年8月2日深夜、遂に秋田への陸送(トレーラーによる道路を使った輸送)が始まりました。
本記事では5000系の歴史・移動の経緯を振り返りつつ、後半にて作業の見どころをレポートしています。
東急の一時代を築いた“青ガエル”
東急5000系は、戦後復興の最中である1954年から1959年に製造された東京急行電鉄の電車です。「モノコック構造」と呼ばれる飛行機設計の技術応用で製造され、独特な下膨れ形状が特徴的でした。
可愛らしい前面形状と、往年の東急で標準色となるライトグリーンのカラーリングから「青ガエル」などの愛称で利用者・ファンから親しまれ、デビュー時は東横線・その後は田園都市線や大井町線などで活躍しました。
先頭電動車 | デハ5000形 | 55両 |
中間電動車 | デハ5100形 | 20両 |
先頭付随車 | クハ5150形 | 5両 |
中間付随車 | サハ5350形 | 25両 |
105両が製造された5000系は1986年の全車引退まで徐々に数を減らした一方で、70年代後半から長野電鉄・福島交通・岳南鉄道・熊本電気鉄道・上田交通・松本電気鉄道(譲渡開始順・社名は当時のもの)と日本各地で“再雇用”されました。
このほか、車体の外板をステンレスにした5200系が4両1編成製造されています。
“ステンレスガエル”・“銀ガエル”などの愛称で親しまれました。
この車両の骨組みは普通鋼となっている“セミステンレス”と通称される方法で、現役車両だと京成電鉄3500形などで残存する方式です。
デザインは5000系そのままであるものの、モノコック構造ではありません。5000系との混結・併結運用も長く実施されました。
こちらは先頭電動車2両(デハ5201-5202)が上田交通に渡り、5000系同様に1M1T化(デハ5202が電装解除・クハ5251に)。中間車についても部品取りとしてデハ5211も譲渡されています。
渋谷再開発の一環で移設へ
先述の地方譲渡車両のうち、トップナンバーのデハ5001号は上田交通に渡っていました。
上田交通での廃車後に東急へ再譲渡。上田交通カラーから緑塗装へ復元され、長津田検車区とのちに東急車輌製造にて静態保存されていました。
このデハ5001号が渋谷駅前にやってきたのは2006年。
この時点で現在の親会社の東急・鉄道事業の子会社の東急電鉄どちらのものでもなく、渋谷区の所有となっています。観光案内所(渋谷区観光協会)として活用されてきたほか、区の催しなどに関連した様々なイベント装飾が施されて「渋谷の顔」となっていました。
同じ渋谷の象徴・忠犬ハチ公つながりで秋田県大館市「秋田犬の里」へ譲渡されることとなりました。ハチ公の縁で交流を深める狙いです。
鉄道だけの視野で見ると、東急5000系にとって秋田は無縁の土地。ファンからは批判的な声・残念がる声が多いことも否めませんが、このハチ公の繋がりで地域の活性化になることを期待して止みません。
賛否は分かれるところですが、そもそも鉄道車両保存自体のハードルが非常に高いなか、解体ではなく移設を模索した渋谷区の頑張りを褒めたいところです。
全国で保存されていた蒸気機関車の解体などの悲しいニュースが続くなか、渋谷駅の一等地を一晩封鎖して時間もお金も掛けて慎重に輸送する、担当各所の皆様の苦労は相当なものだったのではないでしょうか。
5000系の保存車は他にも?
その知名度の高さもあり、国内各地でこの青ガエルの保存が実施されています。
最後まで可動状態だった熊本電気鉄道の5101Aは現在も北熊本駅構内で保存されています。
最大数が嫁いだ長野電鉄では、譲渡先で“赤ガエル”と呼ばれていたままの姿で長野県須坂市「トレインギャラリーNAGANO」(公式HP)にて2両が静態保存されています。
松本電鉄に譲渡されたうち、モハ5005-5006の2両については、一般社団法人・電鉄文化保存会(旧:デハ3499号車保存会・公式HP)により前橋市の赤城山麓にて保存が実施されています。
“ステンレスガエル”では、譲渡先の上田交通下之郷駅にてデハ5202を改造したクハ5251が静態保存されています。
先輩の“魂”を受け継いだ電車が活躍中!
渋谷駅前から緑色の電車は姿を消したものの、渋谷駅の地下や東急線沿線では、“青ガエル風カラー”の電車が2編成11両運行されています。
まず、東横線では、5000系5122Fが東横線90周年を記念して青ガエルラッピングを施しました。
そもそも、2代目の5000系は田園都市線向け。東横線向けには車体幅・先頭車体長が一回り大きくなっている5050系が導入されていましたが、2000年代の東急電鉄(現在の東急)の収益悪化などを受けて車両新造数減少・田園都市線向けの5000系を副都心線直通までに在来車を置き換える必要があった東横線に振り分けた珍車です。
現在も5000系由来の青色基調の内装デザインがそのままとなっています。当面の運行期間延長が発表されていますが、
このほか、池上線・東急多摩川線では、1000系1013Fが同様のカラーリングで活躍しています。ただし、こちらは「緑の電車」が愛称となっており、あくまで登場経緯は初代3000系のモチーフとされています。
この1013F自体も日比谷線直通・目蒲線(目黒線の旧名)の共通車とすべく、編成貫通が可能となるために前面の意匠が異なります。同型車はこの編成の両端2両を除き、地方私鉄(伊賀鉄道)への譲渡対象となっており、都内で見られる唯一の存在でファンから人気がありました。
現代の“青ガエル”も数奇な運命を辿った2編成ですが、その元祖とも言える名車・初代5000系も変わった余生を過ごすこととなりました。渋谷のシンボル・東急の看板車両だった5000系トップナンバーが古巣を去るのは残念ですが、秋田県大館での再活用も期待したいですね。
搬出作業レポート
この渋谷駅ハチ公広場からの搬出作業は、2020年8月2日の深夜1時より開始されました。
事前にブルーシートでの養生・土台部分の切断などの準備が数日間掛けて行われていたほか、当日も作業が本格化したのは山手線などの終電を待つ格好となりました。
道路・歩道規制を開始
今回の作業は、“ハチ公広場”と渋谷スクランブル交差点の一部車線を封鎖する大規模なものとなりました。規制開始は深夜1時。一部の路線の終電がまだ動いている状態でのスタートです。
日曜日の夜であることに加え、昨今の社会情勢もあって普段よりは人通りは少ないものの、偶然通りかかった渋谷の若者層も興味津々の様子でした。
JR東日本・山手線の終電が発車してから作業が本格化。
後にクレーン車のアウトリガー(作業時に張り出す“脚”)が立つ位置に鉄板・鉄骨が敷かれたほか、青ガエル自体も車体と台座を切り離す作業などが進められていました。
トレーラー“スカニア”到着
2時過ぎになって、緑色の回転灯を光らせた先導車・そして今回の旅をエスコートする大型トレーラーがスクランブル交差点にやってきました。
このトレーラーヘッド“スカニア”ですが、スウェーデンのトラックメーカーブランドです。
日本国内を駆け巡るトレーラーのほとんどが国内会社のものですが、特殊・特大荷物運搬用の特殊車両には海外製車両が導入されている事例も散見されます。特に近年はこのスカニアを重量級トレーラーヘッドで採用する会社も増えてきました。
日本では存在自体が珍しいスカニアが、大都会の渋谷駅スクランブル交差点を横断する……という光景もかなり貴重となったことでしょう。むしろ、全国のトラックドライバーさん・トラックファン・クルマ好きの方々には、“荷物側”の青ガエル以上に、牽引するスカニアの存在の方が気になるところかもしれません。
線路?信号?電車のような移動
今回の輸送では、“青ガエル”が置かれていた位置からスクランブル交差点まで前進、交差点にて吊り上げる方法が実施されました。
10t以上の荷物を持ち上げるクレーン車ですが、道路に負荷がかからないように対策をしています。推測の域を出ませんが、この道路の強度・損傷のリスクからタイル地の歩道に横付けはしなかったものと考えられます。
慎重に前進する格好となりますが、青ガエルの先頭部を前にしつつ、道路には仮台車用のベニヤ板が進路を描いており、更に枕木方向に横断歩道・横には歩行者用信号機と、まるで鉄道かのような面白い動きとなりました。
本命?の吊り上げ作業
陸路での輸送ならではの醍醐味は、やはり吊り上げ作業が挙げられます。
鉄道車両陸送ではお馴染みの光景ですが、今回は渋谷の一等地。信号機の柱がすぐ横に立っており、巧な操縦技術で交わしつつ持ち上げる必要がありましたので、素人目に見てもなかなか難易度は高そうな印象です。
吊り上げ作業は4時台に本格化。
まず4時過ぎにはパンタグラフだけが外され、別のトラックへ積み込まれました。
そして4時40分ごろ、車体がゆっくりと吊り上げられ、90度右回転をしつつトレーラーに載せられました。
持ち上げた場所で青ガエルを回転させ、トレーラーをバックで真下に入れるスタイルでしたが、こちらもドライバーさんのハンドル捌きが光ります。
渋谷を出発
載せ替え後の緊締作業を終了し、渋谷駅を午前5時台に出発しました。鉄道車両陸送では相当珍しい、明るくなってからの輸送となります。
道路交通法の規定する車体幅・車体長を超えてしまう特殊性から、警察の認可を受けて運行されます。特に東京という一大繁華街を通るルートは、かなりハードルが高かったことと推察されます。
日曜日夜に実施されたのも混雑回避の意図が大きかったものと考えられますが、始発列車が動き出してる最中に渋谷のど真ん中で行われた搬出作業は、陸送を何度も見ている筆者でもドキドキさせられました。
青ガエルの長旅はまだ始まったばかり。
特大貨物という特殊性から、他の陸送同様に高速道路などを使わず、数日掛けて輸送される長旅となりそうです。
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