2021年夏の東京オリンピック・パラリンピック開催に向けて多額の投資を行ってきた事業者は数多くありますが、鉄道事業者ではJOCオフィシャルパートナーとなっていたJR東日本・東京メトロの両社が特に大きな痛手となっていることが推測できます。
特にJR東日本では、開催時の需要急増に備えて数々の準備を進めてきました。ほとんどの会場が無観客開催となり、かなりの痛手となっていることは想像に難くありません。
関係者を勝手に労うべく、これまで準備されていたものの日の目を浴びずに終わりそうな数々の準備・取り組みを紹介します。
大規模工事も含めたオリンピック対策
東京オリンピック開催が決まった2016年には、千駄ヶ谷駅(中央線各駅停車)・信濃町駅(同)・原宿駅(山手線)の3路線を対象に、駅改良工事を進めることを発表しました。このうち千駄ヶ谷駅と原宿駅では臨時ホームを常設のホームへ改修するなど、大規模な工事となっています。この3駅の改良については総額約250億円とも報じられていました。
2017年には、JR東日本より「東京2020大会に向けた駅改良の工事計画について」(PDF)として、新たに有楽町駅(山手線・京浜東北線)・浜松町駅(同)・新橋駅(山手線・京浜東北線・東海道線)・新木場駅(京葉線)についても加えられています。
もちろんこれらの設備改良は開催期間以外にも混雑緩和などのメリットが多くあるものの、利用者数増加=運賃収入増加という投資の経緯が失われていることは、かなりの痛手となっていることは想像に難くありません。
オリンピックのスポンサーとなったはずが無観客で全く恩恵を受けられなくなったという企業も多い印象ですが、JR東日本も(非公開ながら)60億円程度と言われている、オフィシャルパートナーの恩恵をほとんど受けずに終わりそうです。
地方では開催されるも……
2021年6月30日には、JR東日本管内各地で開催されるオリンピック会場へ向けた臨時列車の運行と、都心部の終電の大規模な繰り下げについて発表されました。
予定されていた臨時列車としては2002年のワールドカップ以来となる「夜行新幹線」の運行や、期間中毎日実施される車両運用・乗務員行路・保線作業計画などの策定は、従来の四半期ごとに発表される季節の臨時列車以上に調整が困難であったことが容易に想像できるところです。労組資料では以前から期間中の乗務員への負担などについてが話題に上っていました。
しかしながら、発表から僅か一週間後の7月8日には、東京・埼玉・千葉・神奈川の一都三県の無観客開催が発表された緊急事態宣言発令とともに決定した一方で、宮城・福島・静岡で開催される競技については有観客での開催となりました。
その後、9日には北海道が無観客を決定したほか、茨城では学校連携観戦チケット入場者のみの受け入れとされています。
この一都三県の終電延長取り下げとそれ以外の有観客での開催が並行することで、JR東日本が入念に準備していた臨時列車計画は完全に梯子を外された格好です。
残された宮城・静岡への臨時列車運行の運行継続の有無の判断を進めることとなりますが、新幹線の夜行列車で話題となった仙台発で東京着が0時を超える時間帯の新幹線は、都心部の終電繰り下げ列車に接続する前提で構成されており、これらについても何らかの手直しが必要です。単純に全競技が無観客とされる以上に調整が難航しそうです。
また、無観客開催が決定した福島あづま球場開催日の増発列車については既に指定席なども発売済となっており、走らせても空気輸送・走らせないと指定席購入者の列車を変更する案内が生じるという厄介な状態です。
JR東日本としてもギリギリまで発表を悩んでいた胸の内が容易に想像でき、6月30日発表・翌7月1日から指定席発売開始とされた矢先の出来事でした。さまざまな部署の担当者が頭を抱える姿が想像できます。
新型コロナウイルス感染拡大防止の国の指針に左右され続けているのは四半期ごとに発表される臨時列車も同様です。直前に発表されていた臨時列車が発売保留のまま運行取りやめとなったり(7月前半)、反対に直前に追加されたり(7月後半)と忙しなく変動していました。
オリンピックの輸送計画を発表した翌日の7月1日には、7月後半の臨時列車の追加を多くの線区で発表していました(PDF)。オリンピックを有観客で開催すると想定しつつ、その見通しが確実視できるギリギリまで発表を粘っていたものと考えられますが、こちらも発売開始した直後に緊急事態宣言発出という絶望的な状況です。
参考:オリンピック臨時列車で“夜行新幹線”(外部サイト)
鉄道プレス.様 【速報】夜行新幹線「やまびこ422号」を運行へ
209系10両編成も想定していたはずが……
JR東日本で想定されていた増発列車のうち、発表以前よりファン層から注目されていた系統が、総武線快速電車〜総武本線〜鹿島線の直通列車です。
2020年より房総エリアの普通列車で使用されている209系2000番台・2100番台の10両編成を使用し、東京駅の総武線地下ホームへ乗り入れる試運転が複数回実施されていました。
2021年6月30日に発表された鹿島サッカースタジアムへの臨時列車発表を見る限り、東京発の列車の一部に209系を使用するための準備だったことが伺えます。
一方で、オリンピック開催が延期された2021年には209系の乗務員訓練の動きがない一方で、2020年末にデビューしたE235系1000番台の試運転が鹿島線で実施されており、E217系・E235系を使用することが想像できる状態です。
横須賀線・総武線快速電車ではE217系からE235系への世代交代が進められている最中ですが、依然として国府津車両センターや幕張車両センターなどにE217系複数編成を疎開することで、検査期限・走行距離の調整をしつつ車両数を温存させていました。
一時的に運用数が急増するこの系統では、2021年3月のダイヤ改正でE131系投入・209系2100番台の一部淘汰を進めることとなったことで、臨時列車の使用車両にも変更があったことが想像できます。
検査期限・走行距離を綿密に計算していたこととなりますが、無観客に近いこの系統についても記事公開日現在は未発表ながら臨時列車の運転取りやめが予想され、これにより車両の置き換え計画も見直しが実施されるものと見られます。
E235系1000番台は2021年度分は既に落成していますが、E217系の廃車自体は年度後半にも実施されるかもしれません。
参考:総武線と房総方面の世代交代の動き
オリンピック需要にあわせて?7月12日から再開される車内販売
このほか、最近発表されたなかで見直しが考えられるのは、7月12日より本格的に再開をすることとなるグランクラス・車内販売サービスの再開が挙げられます。
東北・北海道新幹線のグランクラスサービスとサフィール踊り子号のカフェテリア・車内販売は7月1日から(6/23発表・PDF)・北陸新幹線のグランクラスサービスと新幹線・在来線特急・普通列車グリーン車の車内販売は12日から(7/5発表・PDF)再開とされていました。酒類の販売以外は通常通りの体制に戻される格好です。
これにより、まん延防止措置期間中は営業を行わず、緊急事態宣言発出とともに営業再開という逆転現象が生じています。
列車の運休とは異なり、賞味期限の制約がある飲食料品を扱う車内販売では、商品仕入れが伴います。また、グランクラスはサービスの有無で料金設定が変動するため、発売済の列車についてはすぐの対応が困難です。
金曜日に緊急事態宣言が発出されてから月曜日の再開を取り下げるのは、JR西日本やJR北海道との調整を含めた難易度を考えると、困難が伴うことは容易に推測がつくところです。
特に車内販売については、2021年1月に中止して以降、3月までは車内の消毒や案内業務のために乗務を維持していたものの、4月1日よりこれらも中止とされていました。
委託業務とその収入を主としているであろうJR東日本サービスクリエーションですが、販売商品が大きく削られて久しい現在、唯一売り上げに期待できそうな酒類販売がない状況で販売体制を維持することは困難を伴うこととなりそうです。準備が整い次第再度営業を見合わせるのか、とりあえずしばらく様子を見るのか……。
車内サービス復活の最後の砦にも思えたオリパラ需要を失い、今後のJR東日本の車内サービスが再び窮地に陥りそうで、今後の動向が注目されます。
参考:“コーヒー”販売終了と車内販売会社の体制変更
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注釈:本記事は、オリンピックの観客輸送のために準備していたスポンサー企業について報じることを目的として執筆しています。
コメント
原宿 千駄ヶ谷 信濃町については、元々の混雑が激しかったから、今回の名目が無かったら安全性が確保されなかったのかと思うと、なかなかキツイ。
高齢者や障害者の利用を考えると、無理矢理でも工事が進められただけマシなのでは?というのが所感。
オリンピックがなかった場合、どれぐらい放置されていたのか考えるとゾッとする。