東京メトロ銀座線・渋谷駅では、渋谷再開発にあわせて長年の工事が続けられてきました。
2020年1月3日、遂にホームの移設が完遂しています。
一方で、最近の新駅では珍しくホームドア未設置でのデビューとなっています。
利用者から早く混雑する全駅にホームドアを付けるべき……という意見が多く出ていますが、なかなか進まない複雑な背景が存在します。
渋谷再開発と銀座線
従来の渋谷駅では、戦前の建設当初より、東横百貨店のビル内に駅を設けるという独特のスタイルで営業を行なってきました。
「渋谷」という地名になっているほか、日常的に利用する方以外でも歩いたことがある方ならお分かりのように、表参道から渋谷までは急な坂になっています。
戦前に日本初の地下鉄として建設・運転開始された現在の銀座線は、当時の車両・建設技術を踏まえ、急勾配を避けるべく渋谷駅周辺のみ地上に出てくるという線形が採用されています。
後発の半蔵門線では当たり前のように渋谷の地下に潜っているほか、副都心線の直通運転開始に合わせた東急東横線の地下化も行われていますが、これらの建設は近年の建設技術の粋を集めて行われた建設です。
東横線の例では、在来車両の一新も行われていますので、いかに鉄道車両が勾配に弱いかがお分かり頂けるかと思います。
近年の渋谷駅周辺の再開発事業の一環で、銀座線の駅を明治通り上に移設することとなりました。
常に人が行き交う渋谷のど真ん中で行われることで大きな注目を集めていましたが、密集地帯ゆえに工事は困難を極めました。
長年工事が行われてきましたが、遂に移設が完了し、新たなホームでの営業が開始されています。
開放的な新駅!……だけどホームドア未設置
既に多くの方が訪れ、従来に比べてかなり広くなったホームの写真が各メディアやSNSで多く話題になっています。
M字型の近代的な屋根や、床から生える近未来的な発車案内表示など、新しいターミナル駅としての期待に応えるデザインとなっています。
しかしながら、最近の新駅では「お約束」となったホームドアの姿がありません。
最近大きな注目を集めた相模鉄道の新駅・羽沢横浜国大駅、東京メトロが今年開業する日比谷線の新駅・虎ノ門ヒルズ駅、同じく都心部の新駅として話題のJR東日本・高輪ゲートウェイ駅と最近は新駅のどれを取ってもホームドアが設置された状態で営業開始となります。
今回の渋谷駅のホームドアなしでの営業スタートには、驚きの声とともに、安全対策について疑問を投げかける声が上がっています。
渋谷特有の複雑な立地が工事を難化
そもそも、鉄道路線の線路移設に関する工事は大きく2つに大別されます。
仮線を建設
高架化・地下化などの移設を伴う工事では多くの場合、暫定的に線路を仮の路線に移設することで本来の線路があったところに新たな施設を建設します。
近年の連続立体交差化事業のほとんどがこれらの仮線を設置している事例です。
小田急電鉄の複々線化など、高架化の仮線用地を兼ねて購入した用地を輸送力増強の線増に充てることで、工事を効率よく進めている例もあります。
品川駅周辺の改良工事が長期に渡って行われているのも、1路線ずつ移設→古い線路に隣の路線の新線を建設といった工事内容ですので、これも類似した内容となりますね。
直上・直下方式
ごく稀に仮線を設けない例が存在します。
主に用地確保が困難な路線で実施されるもので、京急線京急蒲田駅付近の高架化のほとんどの区間や、京王線調布駅周辺の地下化などの例があります。
どこよりもこの直上・直下工事を世間に広めた例として、同じ渋谷の東横線地下化・副都心線との直通運転開始でしょう。
長年に渡り代官山駅の真下で作業が進められており、多くのファン・地元民の注目を集めました。
渋谷ではどちらも難しかった?
そもそも、銀座線の場合、四方八方が後発の開発によって塞がれています。
まず、表参道駅周辺では、半蔵門線が固めています。
利用者の利便性を図る方向別の接続とするために同一平面で利用者の利便を図っている表参道駅ですが、ここから半蔵門線が更に地下に降りていく構造となる立体交差になっています。
半蔵門線より地下に潜ると副都心線の渋谷駅にぶつかりますので、この時点で地下化は非現実的になっています。
地上では渋谷駅東口の大ターミナルと明治通りがあり、高さ方向での移設は不可能=直上・直下への移設はできません。
一方、南北方向に大規模な仮線を設けるには、一等地のビル群を大量に買い取らなければなりません。
以上を総合して、道路上・バスターミナル上で既存の高架を拡幅する現在の工事メニューに落ち着いたようです。
この工事メニューは困難を極めており、2016年と2018年に線路切り替え工事を行っています。
本来であれば、最終的な完成形に線路を敷設して1回切り替え工事、その後真ん中にホームを建設すれば済みそうな工事です。
線路移設……仮線を建設こそしているのは他の工事同様ですが、新駅開業後の用地内を少しずつ移動させることでなんとか工事用地を確保、作業スペースが限られているために切り替えも3回行うなどと、かなりの難工事であることが垣間見られます。
しかしながら、すぐ横に旧来の駅が迫っているため、最後の最後までホーム・線路を本来の位置に設置できない区間が発生していまいました。
このため、最後の切り替え工事の6日間でホームと線路の一部を一気に組み上げるという珍しい方法が採られました。
これらの3回の線路切り替え工事についても、通勤で混雑しない長期休暇シーズンなどを狙って行われました。
一番日数が必要な最後の工事を年末年始に行ったのも、都内の鉄道利用者が年間で一番少ない時期ゆえでしょう。
早朝から深夜まで多くの利用者がいる銀座線の工事が長期化したのも、利用者・周辺に最小限の負担で施工するための地道で長い努力があってのことでした。
この6日間という首都圏では異例の長期運休でしたが、列車の運転に必要な線路やホームの建設と、安全上の必須な最小限の工事のみが行われています。
今後、ホームドア設置以外にもエレベーター整備などの様々な工事が行われることとなります。
今回のホームドア未設置での営業開始も、運休期間をこれ以上長くするより、とりあえず仮設ホームで営業しつつ、合間を縫ってホームドアは追って設置する方が利用者への負担が少ないという判断ゆえのことでしょう。
お金では買えない諸問題で後回しになった事例は他にも
東京メトロはその特異な設立経緯により、同業他社では考えられない黒字を毎年生み出しています。
同業他社に比べて車両置き換えのペースも早く、ホームドア設置についても既に多くの駅で行われているのも、この会社の財力あってゆえと記して差し支えないでしょう。
どこの会社よりも安全性・快適性に力を入れている鉄道会社ですが、渋谷駅同様にお金の力だけではホームドアを設置できなかった路線もいくつか存在します。
まずは日比谷線です。
建設の時点で当時主流であった18m3扉の車両規格を採用していましたが、乗り入れ先の東武伊勢崎線内では20m4扉の現在の標準的な寸法の車両が活躍していました。
この違いゆえ、列車によってドアの位置が異なるという状態が長年継続されていました。
他路線がホームドア建設ラッシュに沸くなか、日比谷線では乗り入れ先に合わせる形で20m級の電車への更新を進めることとなりました。
2016年度から2019年度の4ヵ年計画で、東京メトロが保有する42編成の03系と東武鉄道が保有する24編成の20000系列の車両更新が行われています。
2020年前半に東京メトロの増車分2編成が登場することで、新駅開業までに東京メトロ13000系44編成・東武70000系列22編成による置き換えが完遂する計画です。
日比谷線のホームドア運用は、2020年6月開業の新駅・虎ノ門ヒルズ駅が設置済の状態で営業開始となるのを皮切りに、2022年度までに順次実施予定です。
このほか、現在もあまり整備が進んでいないのが東西線です。
こちらは全車両が標準的な20m4扉の電車であるものの、屈指の混雑路線ゆえにドアの開口幅を広くした「ワイドドア」の車両が多く活躍しています。
また、帝都高速度交通営団の末期にドア間隔不揃いにした05系・07系が現在も運用されています。
車両によって多少異なるドア位置の車両が混在していましたが、近年になってホームドア技術の進展があって大開口ホームドアが現実的な費用で建設できるようになりました。
今後、各駅で混雑緩和工事と合わせる形で順次設置される計画となっており、こちらの完遂は2025年ともう少し先の計画です。
銀座線についても、移設工事という大規模プロジェクトがあるため、渋谷駅以外の全駅に設置が完了しているものの、利用者の多い渋谷駅では非設置とされてきました。
ドア自体の費用に加え、かなりの重量があるホームドアを支えるため、ホームの基礎を強化する必要があります。
車両とホームのドア連携システムや、列車をホームドアに合わせて半自動で停められるようなシステムへの改修など、ホームドア設置に関わる工事メニューは多岐に渡ります。
一駅あたり10億円を超える場合もあるうえ、鉄道会社の経営上の増収への効果はほとんどありません。
資金面では余裕のあるであろう東京メトロと言えども、建設業界の人不足や、列車が走らない限られた時間でしか行えないという事情はどうしようもありません。
こういった複雑な背景事情は他社でも当たり前の光景であり、これからも一筋縄にホームドア設置が出来ない駅は会社を問わず多く発生しそうです。
これだけは避けた!「駅移転と同時にホームドア設置をする方法」
以上のように、やむを得ない背景があってホームドア設置は後回しにされましたが、それでもなお事情を知らない新ホームのユーザー・報道を見た方々から「なぜホームドアがついていないのか」「東京メトロは安全対策をしていないのか」などと批判が噴出するのも仕方ないのかもしれません。
実は、駅移転と同時にホームドアを建設する究極の方法はたった1つだけ存在していました。
これは、工事期間を大幅に長く取ることで、長期運休をして一気に完成系まで持ち込むという方法のみです。
純粋な新しい鉄道駅が建設されるのにかかる期間を考えると、数ヶ月間の運休をすれば、既存線路の解体〜理想的な位置に完璧な状態の駅を作ることは可能です。
しかしながら、もし長期間運休するとなれば、利用者・鉄道事業者双方に多大な影響を与えることは確実視されていました。
銀座線の工事期間中の迂回路として、東京メトロ半蔵門線の存在があります。
この半蔵門線ですが、そもそもの建設経緯が銀座線の混雑緩和であり、特に青山一丁目〜表参道〜渋谷駅間についてはほぼ重複する運行区間となっています。
その半蔵門線についても、日本屈指の混雑路線・東急田園都市線と相互直通運転を実施しています。
半蔵門線・東急田園都市線の共同使用駅である渋谷駅ですが、後発路線で用地制約が大きかったこと、開業時点で東急線(当時は新玉川線)との直通運転をすることを大前提に建設されているため、ホーム1面・線路2線という最小限の設備しかありません。
もし銀座線が更なる長期間の運休となれば、既に慢性的な混雑が課題なうえ、銀座線から利用者が流れ込んでくる渋谷駅の改良が必要となることは明らかです。
しかしながら、そもそも田園都市線の混雑緩和策として長年に渡り計画があるものの、同路線の渋谷駅改良が遅々として進まないのも、渋谷駅周辺の狭さが原因でした。
半蔵門線を設備増強して、それから銀座線の新ホーム移転を行うよりは、まずは銀座線を移転させ、渋谷の再開発がひと段落した後に半蔵門線の設備を改善した方がスムーズです。
また、仮にこれらの諸問題が解消したとしても、半蔵門線増発分の使用車両確保の問題が付いてきます。
銀座線とは線路幅も電源方式も異なるため、半蔵門線用に1編成10億円を超える鉄道車両を多数作る必要があります。
車両を製造できたとしても、朝ラッシュ2分間隔・日中3分間隔という銀座線の輸送力をそのまま半蔵門線に移すことはできません。
以上を総合すると、銀座線の長期運休をするという案は理想的ながら現実的な方法ではなく、今回のような長期間少しずつ改良するという方法に落ち着いています。
渋谷の再開発の勢いを加速させるためには、現状の工事方法が最適解だったことは明らかですね。
新路線建設より難しい既存路線の改良……東京メトロ・建設を担った工事関係者の苦労は測り知れません。
オリンピックまでには整備予定
ひとまず6日がかりの移転工事という大プロジェクトを達成しましたが、この工事はまだまだ続けられます。
大量の利用者が銀座線に流れ込むことが予想される東京オリンピック開催前の完成を目標に、現在の暫定的なホームの本設工事が進められる計画です。
コンクリート剥き出しの現在のホームもタイル貼りになるほか、ホームドアやエレベーターなどの整備も実施されます。
日本最初の地下鉄として開業した銀座線。開業以来の大プロジェクトのは大詰めを迎えています。
開放的・先進的な駅ですが、ホームドアが設置されると安全性が高まる一方で、壁が立つことにより少し窮屈な印象となるでしょう。
現在の広々とした渋谷駅も数ヶ月間の期間限定ですので、この姿を記憶に留めておきたいところですね。
最後になりますが、人手不足が叫ばれるなか、年末年始という世間が休んでいる時期に集中工事を行った東京メトロ・各建設会社の皆様の努力あって渋谷の未来があります。年跨ぎのお仕事、ありがとうございます。
コメント
ホームドアは不要
渋谷のような混雑が酷い駅は設置するべきではない
田園都市線のように設置を強行した結果輸送力を低下させ快適性が悪化して乗客に多大な迷惑を掛けるようになるから撤去するべき
莫大なコストが掛かり故障や事故が頻発して最早製品として成立しない状況であり人身事故を容認した方が遥かにマシな状態である
これを機に混雑路線を中心に役立たずで迷惑なホームドアを撤去して迅速快適安心な鉄道を目指すべきである