2020年5月30日・31日の2日間にかけて、埼京線・湘南新宿ライン(山手貨物線)の渋谷駅3,4番線ホームの移設に伴う大規模工事が実施され、利用者にとって悲願だった渋谷駅の利用・乗り換えが大幅に改善しています。
歴史的経緯や工事前後の変化とともに、今回も珍列車・変運用が多数運行されましたので、併せてお伝えします。
長年利用者を苦しめたホーム
渋谷駅周辺ではしばらく大規模な再開発が実施されていることは皆様ご存知の通りかと思いますが、今回の埼京線ホーム並列化もこの再開発によって実現しています。
これは、現在の埼京線・湘南新宿ラインが比較的近年に運行を開始した後発路線だったことが背景となっています。
線路自体の歴史は非常に古く、山手線大崎駅〜渋谷駅〜新宿駅〜池袋駅〜田端駅付近まで続く西側の複々線化が実施されたのは、1919年(大正8年)から1925年(大正14年)まで遡ります。
現在でもこの区間は「山手貨物線」となっているように、当初は貨物線として線増された歴史があります。しかも、この区間は旧来の線路を継承したのは貨物線側で、現在の黄緑色の山手線が走っている側が後から建設された線路となっています。
武蔵野線・京葉線開業により貨物列車の運行が激減したことで、1970年代後半の通勤新線誘致・埼京線の乗り入れの土壌が整いました。
山手線の元祖〜赤羽線〜埼京線と複雑な歴史を持つ埼京線は1986年に新宿駅へ。1996年(平成8年)には渋谷駅・恵比寿駅へ乗り入れを開始しており、渋谷駅3,4番線のホームが供用開始されたのも、この1996年改正です。それまでも新宿駅発着のライナー・特急などの運行こそありましたが、両駅にはホームがないため通過扱いでした。
2001年(平成13年)には大注目を浴びた湘南新宿ラインも加わり、3大副都心を速達する現在の運行体制になりました。
この体制を組むにあたり、ホームの建設位置が大きな課題となりました。
複々線化をした際に旅客線側を新設した際に駅自体は現在の位置へ移転した一方で、旧来からの貨物線側は渋谷駅ホームを生かした貨物ホームが南側にあるのみでした。
西側の山手線は1940年(昭和15年)に外側ホームを増設する形で2面2線化工事を実施して混雑緩和をしたほか、東側は1964年(昭和39年)に東急東横線の高架駅の改良工事が既に行われており、開業当初の1面2線から4面4線に膨れており密接しています。
結局用地を確保できるのは、1980年(昭和55年)まで貨物ホームがあった駅の南側のみとなり、今日までの不便な渋谷駅3,4番線となってしまいました。
余談ですが、新宿駅の埼京線・湘南新宿ライン・成田エクスプレス号のホームが代々木駅側に寄っているのも、貨物列車が行き交っていた用地の範囲で建設された名残となっています。こちらは中央線を含めた大規模改良が実施されたものの、ホームの位置自体は解消されていません。
東急のおかげ?政治的な動き?複雑な経緯で実現
今回の切り替え工事の主導はJR東日本ですが、経緯を遡れば東急グループの莫大な投資を中心とした再開発があります。
渋谷の再開発を目指す動きは1964年(昭和39年)の渋谷再開発促進協議会発足以来続けられていましたが、副都心線(計画当時;13号線)の建設が具現化した以外は大きな動きはありませんでした。
大きな転機となったのは、2002年(平成14年)に都市再生特別措置法が制定され、これに基づく都市再生緊急整備地域として2005年(平成17年)12月に渋谷が指定され、再開発が後押しされたことです。
東急グループが主導となり、鉄道会社だけでも東急・東京メトロ・JR東日本。渋谷区「渋谷駅中心地区まちづくり指針2010」・「渋谷駅中心地区基盤整備方針」と行政・地元住民の動きなども急ピッチで進み、再開発が本格化しています。
副都心線が2008年6月に開業、副都心線建設中に直通運転が確定したことから5年弱の期間を空け、2013年3月15日〜16日の一晩で代官山駅周辺の切り替え工事。東急東横線・東京メトロ副都心線との相互直通運転が始まりました。
従来の「かまぼこ型」と通称される地上駅舎・ホームはその後大半が解体され、その東横線などの跡地を使用する形で今回のホーム並列化が実現しています。
もちろん各社間の念入りな調整の上で相互の利益追求をしているものの、東急グループが多くの土地を有する渋谷という立地もあり、事業主体・投資額ともに東急グループが大きな影響・効果をもたらしています。
この辺りは品川駅周辺の再開発が自社用地中心で主導となって、京急を巻き込んだ再開発をしているのとは対照的とも言えそうです。
前回の切り替え工事では4番線(南行=新木場・横浜方面)を東側にスライドしています。
これと同時に完成形の勾配に改められたため、旧来の高さのままの3番線(北行=新宿・池袋方面)と高さが異なり、ホーム上に階段が設けられる珍しい構造となりました。
移した下り線の跡地にホーム建設、更に次も線路移設・ホーム移設などを伴う大規模な切り替え工事となるため、下り線から丸2年の準備を経て切り替え工事に挑むこととなりました。
改良工事前後の渋谷駅
最大の見どころは、やはり山手線ホームと並列化した新ホーム登場に尽きるでしょう。
渋谷駅からJR線を利用するユーザーには乗り換えの都合で敬遠されていた埼京線・湘南新宿ラインの乗り換えが大幅に改善されたため、渋谷駅の利用動向に大きな変化が期待できそうです。
(画像追加予定)
ホーム移設とともに高さ変更
特に工事直前の写真では、新しい線路高さに合わせて建設された新ホームと従来の線路高さのままとなっていた旧ホームの高さの違いが目立ちます。
E233系の帯部分が新しい乗降高さ……といったところでしょうか。
前回工事で既に路盤の改良が済んでいる南行=4番線側については、旧ホームをかさ上げしていたため平面移動のみとなります。
工事開始数時間前の新ホームでは、使用資材のスタンバイが実施されていました。
線路は高さとともに東西方向で位置の変更もあることから、ホームの端部は運休中に仕上げることとなりました。
改良工事後も新南改札は維持
その遠過ぎるホームを生かし、1996年のホーム建設以来、南端の改札口として用意された新南改札。このホーム移設の当初計画では、この改札口は閉鎖する方向で調整されている旨が報道されていました。
最終的にはこの改札口は維持されることとなり、この工事以降も機能しています。
渋谷の繁華街のメインからは外れた位置にあるものの、渋谷駅から徒歩○分・代官山に近いことなどを売りにした比較的地区年数の浅いマンションなども多くあるエリアですので、渋谷周辺の地主・住民にとっては大きな影響があったことと推測できます。
今回の工事では、旧来のホームをそのまま連絡通路として転用することとなっており、通路の左右を電車が行き交う、工事完成後にも残る渋谷駅特有の珍しい構造となります。
新南改札からは従来より移動距離が数百メートル伸びている分、余裕を持って使う必要があります(乗りたい列車が真横を通過していく悲しい出来事が発生しそうです)。
今後は山手線ホームも大改良
一連の山手線についての線路切り替え計画は当初から具体的に発表されており、今回が4回行う切り替え工事のうちの2回目となります。
残りの2回は山手線内回り・外回り各1回ずつとなります。
先述のように、80年も前に山手線は2面2線体制に改良したはずでした。この時実施された島式ホームに対向式ホームを加えて上下旅客の分離を図る方法は、会社・路線を問わず現在でも採用される改良工事の1つです。
JR東日本管内だけでも、山手線のお隣・原宿駅が臨時ホームを生かしてリニューアルしたばかりであるほか、今後は湘南新宿ラインの武蔵小杉駅でも実施される予定となっています。
この先駆けである山手線渋谷駅、最終的には1面2線に「逆戻り」する工事が行われます。
せっかくホーム混雑緩和のためにホームを増設した歴史があるのに……とも感じますが、これも幅を確保出来たことで、より安全かつ分かりやすい構造に改められることが出来るようになった恩恵でしょう。
現代基準では狭さを感じるほか、乗り換えも不便。更にホームドアを設置することも考えると、山手線にも手を加えるのは妥当なところです。
まずは内回りの線路を東側に移動して現在の内回りホームを拡幅。その後、内回りホームをベースとしつつ、外回りの線路を西側に移して更に拡幅した島式ホームとする計画です。
こちらも営業列車の合間を縫う大工事が予想され、特に最後の切り替えがホームのあった場所に線路を移し、線路のあった場所にホームを付けるという大工事となりそうです。
線路を移してその場所にホームを付けて営業再開という工事例は、JR東日本関係だと東海道線辻堂駅・横須賀線横浜駅(共に2010年)、同じ渋谷だと東京メトロ銀座線で最近行われた切り替え工事などが挙げられます。
いずれも半日〜終日運休となったり、迂回などの対処でマニアックなダイヤが組まれたりと長年の利用者・ファンにとっては記憶に残っているという方も多いかと思います。
こちらも品川駅改良工事同様に山手線環状運転中止を伴う可能性が非常に高く、どういった対処をするのかは今後の楽しみの1つです。
最終的には恵比寿駅のような純粋な2面4線の複々線駅に整理されることとなりますので、こちらも今後が楽しみです。
見どころは相鉄線直通?珍列車・変運用も多数
今回の改良工事では、前回の2018年5月末に行われた切り替え工事に引き続き、新宿駅〜大崎駅間の区間運休となっています。
2019年11月30日にJR東日本埼京線・相模鉄道線の直通運転が開始されて以来初めてとなる大規模工事となりました。
この関係か、前回と同じ区間の運休ながら前回とは異なる体制となりました。
今回は南側となる大崎駅で5,6番線をりんかい線・7,8番線を湘南新宿ライン・相鉄線直通と分離しています。全路線から全方向へ折り返しが可能な構造ですが、この固定をしても平面交差支障は避けられません。臨時ダイヤ作成のハードルを上げていますが、最大限分かりやすくするいい対応と言えそうです。
また、北側となる新宿駅も1,2番線を埼京線・3,4番線を湘南新宿ラインでほぼ固定しています。
2019年11月改正で相鉄線直通に2番線を固定すべく、新宿駅で北側に折り返す定期列車の間合いが詰められたことが背景にありそうですが、1〜4番線で解決可能となった点は意外に感じました(5,6番線に最近埼京線乗車位置目標を設置したばかりでしたので、タイミング的に多く使用するかと予想していましたが、こちらは異常時対応のようです)。
埼京線〜相鉄線系統
やはり大きな注目を集めたのは、運行開始したばかりのこの系統です。2019年11月30日の登場から丁度半年、早速イレギュラー運行となりました。
全列車が新宿駅〜大崎駅での区間運休・折り返し運転となったほか、朝時間帯の直通運行も無縁。特に通常時のダイヤで新宿駅〜大崎駅間で離合するパターンダイヤとなっているため運用がズレることから、通常時とは異なる車両運用についても注目されていました。
大崎駅での交差支障の都合か若干の発着時刻変更こそあったようですが、列車番号もそのままで新宿駅〜大崎駅で運休扱いとなっています。
相鉄線内での通常時は「JR埼京線直通」として案内している系統ですが、大崎行きでは「JR線直通」と少し濁した方面表示も目を惹きます。
車両運用面では、本来のダイヤを最大限そのままとすることを優先したためか、朝夕時間帯と昼間の本数が変わる付近や初電・終電などで大崎駅〜新鶴見信号場〜相鉄線の臨時回送も複数設定されています(通常は直通する回送列車の設定はありません)。
また、相鉄側では自社線内運用とつながっている列車を相鉄車12000系・それ以外をE233系と上手に采配されており、JR車両の運用番号も通常時と異なるもの(本来は朝のみの80番台を使用)となっています。
海老名駅は1面2線構造、大崎も折り返してくる度に1段繰り上げで戻ってくる……相鉄側の車両繰りにも苦労が垣間見られます。
なお、運行開始以降に品川駅行き・JR車の相鉄線内運行は共にダイヤ乱れ都合で実績もありますが、今回は実現していません。
湘南新宿ライン 宇都宮線〜横須賀線系統
こちらは前回同様に新宿駅以北・大崎駅以南の折り返し運行が実施されました。
列車番号も定期列車のものを継承しており、あくまで区間運休といった様子です。
なお2018年の工事では大崎以南側が東海道線系統同様に9000番台の“M電”として設定されており、前回と今回で対応が異なっています。
湘南新宿ライン 高崎線〜東海道線系統
同じ湘南新宿ラインでも大きな変更が加えられたのが、東海道線方面です。
高崎線方面は2018年同様の新宿駅折り返し運転を維持しつつ、東海道線方面は大崎駅や武蔵小杉駅を通らず、そのまま川崎駅経由・品川駅折り返しとして運行されました。
湘南新宿ラインの特別快速は東京方面への運行はされておらず、事前に公表されていた時刻表上では愛称なしの快速列車として案内されていたものの、実際は快速アクティー品川行き・小田原行きとしての案内となりました。平塚駅発着の普通列車なども同様に設けられ、湘南新宿ラインのダイヤをトレースする格好で快速・普通が毎時1本程度の増発となっています。
列車番号や上野東京ラインではない表示など、通常時・過去の工事とも異なる行先表示が特徴的です。
このほか、初電・終電の各1往復のみは横須賀線経由大崎駅発着として運行されており、こちらは区間運休扱いではなく全区間運休・同時刻の臨時列車となっています。
湘南新宿ラインでは滅多に登場しない“M電”となっている点は前回同様ですが、2018年秋以降に行先表示器・車内案内表示器のROM更新が実施されており、細部で若干の変化もあります。
特急列車 成田エクスプレス・踊り子
成田エクスプレスは前回同様に東京駅〜新宿駅方面で区間運休……となっていましたが、そもそも新型コロナウイルス関係でそもそもの運休がほとんどとなっていました。
おそらく増解結を中心に複雑な車両運用準備が練られていたことかと推測出来ますが、日の目を浴びる機会はありませんでした。
踊り子号についても、定期2列車・臨時2列車が東京駅発着に変更されたものの、こちらも定期・臨時各1列車が運休対象となっています。
更に、サフィール踊り子5号については平日の東京発=3号のダイヤをトレースした格好で、珍しい列車名となったのは踊り子5号代替の95号のみです。
しかも、前回工事では東京駅〜品川駅(運転停車)〜武蔵小杉駅〜横浜駅と横須賀線の経路が採用された一方で、今回は東京駅〜品川駅(客扱)〜横浜駅と東海道線経由となっています。今までの改良工事で時折登場した珍経路の特急は見られず、今回は注目度を下げています。
こちらについても、相鉄線直通運行の間合い確保の色合いが強そうです。
新宿方面のサフィール踊り子号・踊り子号は、2020年3月までのスーパービュー踊り子号と異なって渋谷駅に全列車停車に変更されたばかりです。
E261系・E257系2000番台・185系の3形式ともに、特急列車としての渋谷駅・旧3,4番線での客扱いは2ヶ月半で見納めとなりました(185系はライナー等で実績有・E257系は運休の為1ヶ月半程度)。
なお、E261系・E257系使用列車は6月以降運休対象となっているため、当面はその姿を拝むことはできません。
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画像元ツイート紹介
切り替え工事当日2日間の記録は、フォロワーの皆様から許可をいただき画像を掲載しています。ご連絡を頂いた順に、画像元ツイートを紹介いたします。
参考文献
・私鉄3.0〜沿線人気NO.1 東急電鉄の戦略的ブランディング ワニブックスPLUS新書
東京急行電鉄株式会社(当時)の執行役員の東浦亮典氏の執筆で、近年の東急イズムの未来像が分かりやすく記されています。
渋谷以外の東急グループの手がける街づくりについても詳しく、おすすめの一冊です。
私鉄3.0 – 沿線人気NO.1・東急電鉄の戦略的ブランディング – (ワニブックスPLUS新書)
・JR東日本東京工事事務所発行資料
発行年数・入手経緯失念。2015年以前の手許にあった資料となります。
渋谷の山手線周りの歴史についても簡潔に、貴重な写真とともに纏められています。
・JR東日本公式ホームページより
工事着手ニュースリリース(2015年)・前回工事ニュースリリース(2018年)・今回工事ニュースリリース(2020年)
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