東京メトロ日比谷線で活躍していた03系は代替後に熊本電鉄,長野電鉄,北陸鉄道に譲渡され、残された譲渡待ち車両の今後が注目されていました。
2023年11月24日には前橋市長の定例記者会見にて上毛電気鉄道が東京メトロ03系を譲受して800形として運用することを公表。12月9日深夜から10日深夜(10日未明から11日未明)にかけて搬入に向けた車両輸送が実施されました。
甲種輸送でも陸送でもなく、東武線経由での輸送に注目が集まりました。
国内各地で再活躍を始めた03系
東京メトロ日比谷線では2017年から2020年にかけて、18m級3扉8両編成の03系から20m級4扉7両編成の13000系への車両代替が実施されました。
代替された03系は順次営業運転を離脱しましたが、1,067mm軌条・18m級で比較的状態が良好な車両という条件の良さから、車両の大型化が実施されていない地方鉄道事業者の後継車両として脚光を浴びました。
03系は初期と後期製造の編成は全車3扉車・中期製造の車両は両端が5扉車となっていましたが、経年を問わず3扉車先頭車を中心とした車両譲渡が実現しています。
これまで熊本電鉄,長野電鉄,北陸鉄道に譲渡されていた東京メトロ03系ですが、2023年11月に上毛電気鉄道が2両編成3本を譲受することが前橋市長の記者会見の際に公表されました(前橋市YouTube・外部リンク)。
上毛電気鉄道では京王井の頭線で使用されていた3000形初期車を700形として運用しています。車両更新の計画として、同記者会見では車両形式は800形・3編成の導入予定といった内容のほか、運行開始までのスケジュールとして、1編成目は12月中旬に1編成2両が2024年2月下旬に運行開始する予定と明らかにされました。このほか各種イベントの予定などにも触れられています。
社長の発表後、前橋市長から「どこに来ているんですか?クレーンで積んで前橋に来る?」と質問が入り、「東京メトロさんの工場にまだ……」と回答。さらに興味が尽きなかったのか市長から「で、どうやって運んでくるんですか?」と更に質問を投げかけ、「鉄道を使って……」と回答があり「あ!そうか!鉄道を走ってくるわけ!」とニコニコされている一幕も見られました。
商業誌でも車両輸送等の計画は伏せられることが増えてきた昨今、市長からの鋭い質問があったことでファンの想像を掻き立てることとなりました。
他社向けにキープされていた車両……?
過去記事でも触れていますが、03系の車両譲渡を巡る動きとしては編成単位で廃車回送をしたのちに譲渡予定車両のみを陸送(トレーラーでの輸送)にて各所へ搬入する動きとなりました。
今回の公表まで処遇が不明だった車両は3両編成4本=12両相当ありましたが、譲渡対象から外れたと見られる中間車4両・先頭車2両の合計6両は“疎開”されるも再度搬出され解体となっていました。
これまでの車両の動き(2023/12/11現在)
編成 | 譲渡・疎開対象 | 廃車回送 | 留置先 | 搬入〜搬出 | 譲渡先 |
101F | 03-102,03-202, 03-802 | 2019/10/9 | 新木場 | 2019/11〜 | 保存? |
102F | 03-102,03-702, 03-802 | 2020/2/19 | 千住 | 2020/2〜 | 保存? |
104F | 03-104,03-204, 03-804 | 2019/6/21 | 千住 | 2019/6 〜2020/1 | 甲種輸送+陸送 長野電鉄 |
105F | 03-105,03-205, 03-805 | 2019/9/17 | 千住 | 2020/2 〜2021/3 | 陸送 長野電鉄 |
106F | 03-106,03-206, 03-806 | 2019/8/19 | 行徳 | 2019/8〜 | 陸送 長野電鉄 |
107F | 03-107,03-207, 03-807 | 2019/10/27 | 千住 | 2019/11〜 | 陸送 長野電鉄 |
108F | 03-108,03-208, 03-808 | 2019/7/31 | 千住 | 2019/8 〜2020/2 | 甲種輸送+陸送 長野電鉄 |
129F | 03-129,03-829 | 2019/3/15 | 行徳 | 2019/3 〜2019/7 | 甲種輸送+陸送 北陸鉄道 |
130F | 03-130,03-830 | 2019/1/28 | 行徳 | 2018/10 〜2021/6 | 陸送 北陸鉄道 |
131F | 03-131,03-831 | 2018/7/30 | 行徳 | 2018/8 〜2019/7 | 熊本電鉄 |
132F | 03-132,03-832 | 2018/12/11 | 行徳 | 2018/12 〜2020/9 | 熊本電鉄 |
133F | 03-133,03-833 | 2019/1/28 | 行徳 | 2019/1 〜2021/7 | 解体 |
134F | 03-134,03-834 | 2018/11/6 | 行徳 | 2018/11 〜2022/5 | 陸送 北陸鉄道 |
135F | 03-135,03-835 ,03-235,03-635 | 2019/4/26 | 行徳 | 2019/5〜 時期不詳 ,2023/4 | 解体, 上毛電鉄か |
136F | 03-136,03-836 ,03-236,03-636 | 2019/7/31 | 千住 | 2020/3 〜2021/6, 〜2023/12 | 解体 上毛電鉄 |
137F | 03-137,03-837 | 2018/5/21 | 千住 | 2018/7 〜2019/7 | 熊本電鉄 |
139F | 03-139,03-839 | 2019/5/15 | 行徳 | 2019/5 〜2019/7 | 甲種輸送+陸送 北陸鉄道 |
140F | 03-140,03-840 | 2017/9/13 | 千住 | 2017/9 〜2022/9 | 陸送 北陸鉄道 |
141F | 03-141,03-841 | 2017/10/17 | 千住 | 2017/10〜 | 上毛電鉄か |
これまでの車両の動きを考えると、3両編成4本を譲受することを打診していた鉄道事業者がそれを断念し、その後に上毛電鉄が車両譲受を打診して実現した……といった動きでなければ辻褄が合いません。
譲受断念した事業者が今後明るみになる可能性は極めて低いですが、お役所からの支援を受けながら経営している上毛電鉄の仕組み上、予算が付くか否かで動きが縛られてしまうため、“キープ”していた事業者がなければ上毛電鉄の車両譲受も困難だった……のかもしれません。
不運にも鉄屑となった6両は、新たな嫁ぎ先が決まった6両にとってある意味で必要不可欠な存在だったとも言えそうです。
甲種輸送が想像しやすかったが……
一般に、鉄路での鉄道車両の導入と言えばJR貨物を使って輸送される「甲種鉄道車両輸送」を真っ先に想像します。
定義を端的に記すならば鉄道車両を貨車に見立てて輸送する貨物輸送です。
国土交通省への鉄道車両としての申請許認可とは別枠の特殊な貨物の1つとして扱われているため、鉄道車両以外にも車籍を有しない保守機械や海外向けの新造車などでも活用されています。
今回の事例であれば、東京メトロからは除籍済み・上毛電気鉄道としては受領前の状態となっており、国土交通省への諸手続きが済んでいる鉄道車両としての要件は満たしていないことが想像できます。
同業他社の事例を考えれば、千住検車区に隣接する隅田川貨物ターミナルからの甲種輸送が想像しやすい状態でした。
しかしながら、今回の東京メトロ03系=上毛電気鉄道800形の車両譲渡では、東京メトロ日比谷線・東武鉄道線を自走・北越谷駅以北は東武鉄道車両での牽引で通過しています。
具体的な手続きは今後も明らかにはならないかと思いますが、自走・牽引とも“線路閉鎖”を行なった上で実施されていることが推定されます。
「鉄道に関する技術上の基準を定める省令」やその解釈基準、各種通達等で明確に定められており、鉄道車両としての“籍”を取得していない保守機械等が本線上を走行する際は当該区間に「列車等」を進入させない“線路閉鎖”を実施する必要があります。
会社により詳細な取り扱いこそ異なるものの、車籍を有しない=法規・手続き等に基づいた「鉄道車両」としての条件に該当しない保守機械等はこれらの処置が必要なほか、最高時速45km/hといった制約を受けることとなります。
逆に捉えれば、車籍がない状態の車両を移動させる場合に線路閉鎖等の適切な処置を行えば最高時速45km/hで移動させることが可能とも言えます。
(参考)終電後に線路閉鎖を実施して行なったとみられる私鉄の自走回送事例
また鉄道車両の新造・改造の度によく聞かれる「誘導障害試験」ですが、踏切や信号が走行機器等からのノイズにより適切な動作が妨げられていないかを確認しているもので、先述の省令をクリアするための必須項目とされています。
線路閉鎖状態であれば他の列車が存在しないことが確約されている状態ですので信号の動作可否は問題とならない一方、一般の自動車と衝突の恐れがある踏切については踏切手前で一旦停車・踏切動作や人員配置等で安全を確保したのちに通過させる必要が生じます。
しかし、こちらは「鉄道車両」による牽引とすることで、踏切の動作が確約されて一旦停車等せずに通過することで克服しているものとみられます。
なお車両掲示に「94S」の貼り紙がされていたことや過去の深夜帯の事例から、東京メトロと東武鉄道双方とも列車番号が付与されていることが読み取れます。
このあたりは会社により細部の取り扱いが異なりますので推測の域を出ませんが、社内での管理上の都合から列車番号を付与していることが考えられます。「列車」の定義ではない構内入換にも本線を跨ぐ場合に列車番号が付与される事業者が多いように、列車番号付与=「列車」とはならない点が理解を難しくします。
東武鉄道経由での輸送に至った理由は?
“他社の線路を使って輸送する”といった事例はかなり珍しいものの、事例はゼロではありません。
特に今回の3社は過去の経験・実績があり、これらを組み合わせた輸送となっています。
東京メトロ:日比谷線と半蔵門線は他社経由で搬入
東京メトロの現在のネットワークは、黎明期に建設された1,435mm・第三軌条の銀座線と丸ノ内線が赤坂見附駅で線路が繋がっているほか、1,067mm,20m級電車が走る千代田線・有楽町線・副都心線・南北線が連絡線を含め地下鉄内で1つに結ばれており、それぞれ大規模検査や改造を集約しています。
前者は新製車両搬入はJRの1,067mm軌条と異なるため途中から陸路となりますが、後者4路線の車両はJR東日本と直通運転をしている綾瀬駅を経由して定期検査を担う綾瀬車両基地に搬入する体制が採られています。
このほかの路線では東西線が独立路線となっています。東西線は単独でも車両数が多いことや、深川車両基地と新木場車両基地が比較的近い位置関係となっていて社用品輸送が容易であることなどメリットも挙げられます。
そして日比谷線と半蔵門線では、“飛び地”に車庫が設けられています。
東京都心部に路線網を展開する東京メトロでは、帝都高速度交通営団時代の路線網展開の際に車両基地の用地確保が大きな課題として付き纏ってきました。
都市計画2号線として建設された日比谷線は南千住に車両基地を設けたものの、開業・直通開始直後から双方で輸送力強化=車両収容数増加を目指す必要が生じた結果、東武鉄道が所有していた西新井電車区を譲渡、東武鉄道は北春日部に車両基地を新設して現在の千住検車区・竹ノ塚分室の2か所の体系となりました。
また東京メトロ半蔵門線の車両基地は路線内に設けられておらず、直通先の東急田園都市線の鷺沼駅に隣接した鷺沼車両基地と飛び地状態となっています。こちらも建設・開業時点で車両基地用地が確保出来なかったことを理由に鷺沼に地下鉄の車両基地を用意、東急電鉄側はより遠方の長津田に広大な車両基地を設ける……という極めて似通った経歴で現在の体系に至っています。
日比谷線13000系投入では、東武鉄道も使用していた熊谷貨物ターミナルから秩父鉄道線を経由して東武鉄道の羽生駅へ搬入したのち試運転を兼ねた自走回送で南千住へ向かう体系とされました。こちらでは誘導障害等の試験が済むまでの初期の投入車両は陸送が選択されています。
半蔵門線の新型18000系の投入でも東急電鉄が使用している長津田駅からの搬入とされ、基本的に大井町線9000系による牽引で鷺沼へ向かっています。
今回の03系→800形の譲渡では、事前に東京メトロ線内で自走が可能であることを試運転で確認しており、そののちに北越谷駅までの自走“回送”の実現に至っていることが読み取れます。
東武:過去実績と踏切無し区間を有効利用
今回の輸送ではDE10形による牽引ではなく800型での牽引となった点も注目されます。
東武鉄道の車両搬入では、近年では秩父鉄道三ヶ尻線の区間廃線により、JR線との直通特急運行のために整備された栗橋駅の連絡線を介して実施しています。
こちらでは「SL大樹」運転にあわせ導入されたDE10形が使用されていますが、DE10形が自走・牽引で走行したことがある区間は「SL大樹」運転に関連した日光線南栗橋駅以北に留まっており、過去の羽生駅を介した車両搬出・搬入で使用された実績はありません。DE10形2機めの投入となった1109号機の搬入時も800型による牽引とされました。
東武鉄道の複々線区間は貨物列車運転が実施されていた時代こそあるものの、現在工事が進められている竹ノ塚駅付近や日比谷線との連絡線がある北千住駅3階は貨物列車のような重量のある車両が走行した事例がありません。
また東武動物公園駅以北の伊勢崎線・桐生線なども入線実績がなく、登坂能力や牽引能力、重量や信号設備など様々な観点から事前の入線確認が必要となることが想像されます。
一方で、8000系の短編成化で生まれた800型であれば東武線内“ほぼ”全線で使用可能で、過去にも車両牽引で活躍した実績のある車両です。
新車搬入は栗橋での搬入への移行と同時にDE10形牽引に置き換えられたものの、今回の輸送では800型が抜擢されたのも合理的と言えます。
このほか、全区間牽引とされなかった点も興味深いところです。
東武800型の牽引能力は十分にありそうですが、北千住駅3階ホームは入線実績がないこと・複々線区間の勾配での牽引能力が未知数で、こちらも事前の確認が必要と判断されたことが想像しやすいところです。
こちらを確認するよりも上毛電気鉄道に受け渡す際にどのみち必要になる、800形が(保安装置等の制約がなければ)自走出来るか否かをメトロ線内で予め試験した方が合理的だったことなどが考えられます。
上毛電気鉄道:連絡線を残置
上毛電気鉄道上毛線と東武桐生線は貨物取り扱いがあった歴史的経緯から赤城駅で線路が繋がっており、貨物輸送が両社から廃止されて四半世紀が経過した現在でも残置されていました。
現在使用されている700形の前に投入された300形は東武3050型を譲受した車両で、その際にも使用されたことが知られています。
類似事例は同業他社でも多数みられますが、近年は設備のスリム化・周辺の改良工事の際に撤去される事例も多くなっていました。
上毛電気鉄道は以前より利用者数減少・経営不振といった厳しい状態となっており、県や沿線自治体からの補助金を受けて運営されている状態となっていました。真っ先に設備のスリム化が求められそうな一方で、東武鉄道の連結子会社といった側面もあることなども連絡線残置となっていた背景にありそうです。
今回の輸送についても間に挟まった東武鉄道の協力が必要不可欠ですが、これが実現したのも上毛電気鉄道が車両搬入コストを抑えられることで東武鉄道自身にもメリットがある……といった背景事情を考えれば至極納得のいくところです。
東京メトロ・東武鉄道・上毛電気鉄道3社のノウハウが集結しており、あまりに鮮やかな輸送体系で耳を疑うような事例となりました。
課題が全てクリア出来る方法を見つけ出せて会社間で調整を行なった各社の担当部署の方々の手腕に感銘を受けます。
近年はトレーラーを使った“陸送”を熱心に追いかけているファンの数も増えてきましたが、せっかく線路が繋がっているのに諸問題がクリア出来ず鉄路を避けた事例も同業他社を含め複数見られました。
こういった法規と設備の課題を上手にクリアすることが出来れば、今後もこういった見事な事例が他社局でも見られるかもしれません。
本記事のような込み入った話題がお好きな方は、ディープなテーマを詳しく執筆されている配線略図.netさんの下記記事が面白いと思いますので勝手に紹介しておきます。
コメント
「これまでの車両の動き」の表中、
”101F”の譲渡・疎開対象車番が間違っているようです。